経済や社会の動きはなかなか予測できませんが、これまでの経過を振り返り、データを丁寧にながめることで、さまざまなヒントが得られます。経済学部の中里透准教授が、この視点から日本の経済と金融の動きについて語ります。
このところ、「物価が上がって大変」というニュースをよく見かけるようになりました。数年前までは物価がなかなか上がらない、むしろデフレが心配ということだったわけですから、この1、2年で世の中の雰囲気がずいぶん変わった感じがします。オンラインの会議や授業が普通に行われるようになったことに見られるように、コロナ禍を挟んでその前後でさまざまなものが変わりましたが、物価に対する見方もその一つといえるでしょう。
今回の「物価高」、当初は資源高と円安の影響で原材料価格が上がり、それが食品の値上がりや電気代・ガス代の高騰につながって物価が上がる、コストプッシュのインフレという面が強かったのですが、最近では外食などサービスの価格も上がり、物価上昇が一定の広がりを持つようになりました。
経済や社会の動きを時間軸のもとで考える
バブル崩壊後、長きにわたってデフレ脱却が大きな政策課題とされてきましたが、足元では消費者物価(対前年同月比)が物価目標の「2%」を上回る状態が続いています。2024年春の賃上げ率は33年ぶりの高水準、株価も34年ぶりに史上最高値を更新しました。ひょっとすると、日本経済は大きな転換点にさしかかっているのかもしれません。こうしたなか、日本銀行の金融政策の動向にも注目が集まっています。
最近興味を持っているのは、このような経済と金融の動きを、この30年ほどの日本経済の歩みのなかで、同時代史的な視点をもってながめるということです。思えばこの30年ほどは、予期しない出来事の連続でした。コロナ禍はもちろんですが、1990年代初頭のバブル崩壊も2008年のリーマンショックも、「まさかこんなことになるとは」という感じの出来事だったわけです。
バブルがはじけた後も、しばらくすれば元に戻るという見方が大勢で、まさかそれが長期にわたる停滞の入口になるとは思われていませんでした。1997年から98年にかけては大きな銀行や証券会社が相次いで破綻をするという出来事もありました。
女優の広末涼子さんが主役を演じた映画「バブルへGO!!」(制作:フジテレビジョン・電通・東宝・小学館)のなかに「まさか銀行が潰れるとはね……」という台詞が出てきます。1990年の日本にタイムスリップして街中の様子をながめたら、その7年後に大きな銀行が潰れるなんて想像できないでしょう。そして、この金融危機をきっかけに景気が急速に冷え込み、消費者物価でみても物価が下がるようになって、「デフレ不況」が訪れます。
「バブルへGO!!」が封切られたのは2007年2月。当時は米国も欧州も景気拡大が続くと期待されていて、「ミニバブル」のような雰囲気もありました。その半年後にパリバショックが、1年半後にリーマンショックが起きたわけで、「歴史は繰り返す」とも「一寸先は闇」ともいえるような気がします。
データをながめ、経過を調べる
このような経済の動きをながめるときには、予断なくデータをながめることと、それまでの経過をきちんと調べることが大事と思います。そのうえで統計的な手法を利用してデータの特性を確認し、そこから得られるインプリケーション、含意を考えるのがリサーチの基本ということになります。専門的な学術論文だけでなく、新聞や雑誌を読むことも、いろんなアイデアを得たり、リサーチの方向性を考えたりするうえで役に立ちます。
コロナ禍を経て私たちを取り巻く環境は大きく変わり、経済についての世の中の関心事は「デフレ」や「長期停滞」から「物価高」へと移りました。変化が大きかった分、先行きの不確実性も高まっています。長年の課題であったデフレ脱却にあと一歩というところまでたどり着いたのではないかという期待感がある一方、何らかのショックでまたデフレに戻ってしまうのではないかという漠然とした不安も入り混じります。
こうしたなかでどのような政策対応が求められるのか、政府と日本銀行はどのような対応を行っていくことになるのか、引き続き関心をもって眺めていきたいと思います。
この一冊
『理科系の作文技術』
(木下是雄/著 中公新書)
「理科系の」とありますが、何かを調べ、レポートを書こうとするすべての人に必読の一冊。初版が出たのは40年以上前ですが、今も売れているすごい本です。
-
中里 透
- 経済学部経済学科
准教授
- 経済学部経済学科
-
東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学助手などを経て現職。日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員を兼務。
- 経済学科
※この記事の内容は、2023年10月時点のものです