すべての人が、心の拠り所となる居場所を見つけられる社会を目指して

総合人間科学部看護学科
准教授
岡本 菜穂子

総合人間科学部の岡本菜穂子准教授の専門分野は公衆衛生看護学。国際開発プロジェクトでの支援活動の経験も豊富で、ホームレスや若年層の生活困窮者など、社会的弱者に目を向けた政策提言の研究に取り組んでいます。

厚生労働省の調査によると、日本のホームレス人口は年々減少しています。しかし、調査で把握できるのは、特定の場所で生活を続けている一部の人たちだけ。転々と場所を移動していたり、インターネットカフェで寝泊まりをしていたり、目の届かない場所にいる人を含めると、その数はさらに増えると考えられます。ホームレスになってしまう理由は人それぞれですが、私は社会構造に焦点を当てて課題を明らかにし、それを取り除く方法を研究しています。

ホームレス研究を始めるきっかけとなったのは、国際開発協力専門家としてメキシコのストリートチルドレンのための性教育開発プロジェクトに携わったことです。子どもたちとの触れあいを通して痛感したのは、住まいだけではなく、心の拠り所まで失っているという現実でした。それまでは現場での実践活動を中心に社会的弱者の支援に取り組んできましたが、もっと大きな視点に立って、より良い社会を作りたいと思い、研究者の道に進むことを決めました。

ホームレスとストリートチルドレンの共通点

日本ではホームレスの大半が中高年層で、研究活動では当事者へのインタビューやアンケート調査のほか、支援プロジェクトの効果を検証したり、ボランティアに参加したりすることもあります。調査結果をもとに支援の必要性を発信し、自治体を巻き込んだ新たなプロジェクトを立ち上げることもあります。

研究を重ねるにつれて見えてきたのは、ストリートチルドレンと同じように、ホームレスも心の拠り所を失っていることです。心の拠り所は、人生を歩んできた「誇り」と言い換えることができます。事情があって路上生活を強いられていても、誇りを持ちながら人間らしく生きていくことができる。彼らのために、そのような場所や空間、環境を整えたいという思いが、研究や支援活動の原動力になっています。

また、高齢のホームレスにとって路上生活は身体的な負担が大きく耐えられないため、生活保護を受けて簡易宿所に移ることもあるのですが、再び路上に戻ってしまうケースが少なくありません。再発予防という視点での支援の充実も、解消すべき課題となっています。

社会の傷を癒やして、若年層の生活困窮者を減らす

近年は20~30代の若年層にも生活困窮者が増えています。例えば会社の寮に住む派遣労働者は、解雇と同時に住居も失うことになり、不安を抱えながら生活しています。雇用者の事情に左右され、キャリアを積み重ねることもできず、まるで商品のように扱われる。彼らにとってその場所は、心の拠り所にはなり得ません。

こうした社会構造は誰が作り上げているのか。もちろん社会が作り上げているわけです。私たちはその矛盾を指摘して、正すべきだと声を上げなければなりません。どうすれば心の拠り所となる場所を維持することができるのか。研究成果をもとにした政策提言など、国や自治体への働きかけを続けていく必要があります。

これからも公衆衛生看護の専門家として、社会の傷を癒す看護の精神を持ち続けて、社会をより良く変える方法を模索していくつもりです。

この一冊

『国際協力を仕事として』
(緒方貞子/序 西崎真理子他/著 彌生書房)

国際開発の活動に携わるとき、いつも心の依り処にしていました。日本初の国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子さんなど、苦労しながらも自分の道を歩んでいる先輩たちの言葉に、自分も諦めず人生を切り開いていく勇気をもらいました。

岡本 菜穂子

  • 総合人間科学部看護学科
    准教授

名古屋大学医療技術短期大学部看護学科卒、国立保健医療科学院専攻課程、同専門課程、同研究課程修了。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程修了。博士(国際関係学)。日本赤十字看護大学看護学部看護学科講師、獨協医科大学看護学部看護学科准教授を経て、2016年より現職。

看護学科

※この記事の内容は、2022年12月時点のものです

上智大学 Sophia University