平安末期から鎌倉初頭の和歌文学における釈教歌が果たした役割と影響を研究

文学部国文学科 
教授 
山本 章博

古典文学が専門である文学部の山本章博教授は、仏教的な要素を含んだ和歌、釈教歌を専門に研究しています。平安末期から初期の鎌倉時代に盛んに詠まれるようになった釈教歌とは何か。和歌文学に及ぼした影響について語ります。

専門は古典文学で、特に平安末期から鎌倉初頭の和歌文学について研究しています。和歌は、スサノオノミコトが詠んだ歌が始まりと言われるほど古くから存在し、広く親しまれ、続いてきた文学です。和歌で詠まれる内容は四季、恋、旅、哀傷(人の死を悼む)などが中心ですが、私は仏教的な要素を含んだ釈教歌に注目して研究を行っています。

平安末期から鎌倉にかけては、西行法師、鴨長明、兼好法師などの出家隠遁者がたくさんの和歌や随筆を発表した時代です。俗世を捨て、一歩引いたところから世の中を見つめる。そんな彼らの作品には人間がより自由に生きるためのヒントが隠されているように思います。

西行、寂然、慈円。3人の出家者の和歌の魅力

私が特に着目しているのは、西行、寂然、慈円の3人です。西行は鳥羽上皇に北面の武士として仕えた有能な武士でしたが、23歳で出家し、世間に衝撃を与えた人物です。四季や恋の歌以外にも庶民の生活を歌うなど、あらゆる題材を詠んだことでも有名です。

寂然は西行の友人で、遺っている和歌の数は多くはないのですが、仏教の経典の句を和歌として詠んだ「法門百首」という作品が有名です。そのなかで、彼は仏教の教えを日本的な美意識に置き換え、和歌の伝統的な四季や恋の枠組みのなかで表現したのです。これは日本における仏教の受容においても意味のある試みであったと思います。

慈円は、摂関家に生まれ天台宗のトップにまで登りつめた高僧ですが、本当は西行のように隠遁者として自由な生活を送りたかったのです。しかし、摂関家に生まれた宿命には抗えない。護持僧(天皇を祈祷によって護持する僧)でもあった彼の和歌は、国のため、天皇のための祈りの歌が代表的ですが、そうした心の葛藤を詠んだ歌も多く、現代に生きる我々も共感できるような魅力に溢れた作品となっています。

仏教学や哲学、史学も含め横断的に釈教歌を研究したい

釈教歌に着目する研究者はそう多くはありません。しかし、私は、釈教歌には和歌がこれだけ長い間、変わらぬ形で存続できたことに一役買った側面があると考えています。和歌によって祈ったり、布教したり。さまざまな形にアレンジされ、利用されることで広がり、あらゆる階層に浸透していったのだと思うのです。

和歌は歌、歌は誰にでも親しみやすいものです。歌だからこそ、直感的に極楽浄土の世界を思い描かせたり、心を慰めたり、勇気を与えたりできる。現代の歌と同様に、その時代に合わせた形に変化しながら脈々と続いてきた。和歌が日本の代表的な文化として継続した所以はそこにあるのではないかと思います。

和歌はまだ訳されていないものも数多く存在します。それらを詠めるようにすることは古典文学研究者の役割です。作品一つひとつに向き合い、自分の感覚に引き付けて解釈することなく、詠み手の感情や詠まれた場面、背景を考えながら、客観的に分析していく。先入観なく向き合うことは文学研究だけでなく、対人関係にも通じる大切な姿勢だと思っています。釈教歌は、和歌という文学でありながら仏教という宗教に関わるものでもあり、哲学や史学とも関係するところがあります。細分化されてしまっているそれらの分野と横断的に研究ができるよう、模索を続けていきたいと考えています。

この一冊

『禅談《改訂新版》』
(澤木興道/著 大法輪閣 発行)

大学に入ってすぐに読んだ仏教の禅について書かれた本です。「少欲知足(少ない欲で足ることを知れば心は平穏)」のような禅の心得に触れて考え方の根本が変わり、文学と仏教との関わりに関心を持つきっかけとなりました。

山本 章博

  • 文学部国文学科 
    教授

上智大学文学部国文学科卒、上智大学大学院文学研究科国文学専攻博士後期課程満期退学。博士(文学)。学習院高等科教諭、大正大学文学部准教授、上智大学文学部准教授を経て、2022年より現職。

国文学科

※この記事の内容は、2022年12月時点のものです

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