世界中の学生と文学を語り、自分自身を再発見する

明治から現代に至る日本文学を専門とする国際教養学部のユー・アンジェラ教授は、文学の魅力は作品の解釈は読者次第で無限に異なりうる点にあると語ります。現在は、平成文学プロジェクトに携わっています。

私と日本文学との出会いは、香港に住んでいた高校生時代、川端康成の『雪国』を手にしたときでした。うだるような暑さのその日、私は長い列に並んでいて、時間をつぶすために『雪国』を読み始めたところ、日本の描写、そして物語中の人々の繊細なコミュニケーションに心を奪われました。人生の道筋を決定づけるようなきっかけは、このような一見ありふれた日の小さな瞬間に埋もれていることがあります。

大学では比較文学を専攻し、三島由紀夫の『近代能楽集』で卒業論文を書きました。大学院では、夏目漱石の『こころ』の英訳で有名なエドウィン・マクレラン教授のもとで学びました。

文学と聞くと、厳格で堅苦しい学問分野というイメージがあるかもしれません。しかし、これはまったく違います。たった一度の短い人生では、経験できることはわずかです。しかし文学に親しめば、自分の知覚を超越した時間や空間とかかわることができます。自分とは異なる経験を積んできた他人の人生に思いを馳せ、その世界を身近に感じることができます。登場人物の立場であったなら、自分ならどうするだろうか。そう考え、文章に自分なりの解釈を加えることは、心躍る創造的な試みです。

1冊に対する解釈は無限、唯一の正解は存在しない

日本の現代文学の代表作に、夏目漱石の『こころ』があります。この本の魅力は、その重層性です。何度も読み返して、文学的、審美的、歴史的、心理的な観点から楽しむことができます。ある意味では探偵小説のような筋書きが好奇心を誘い、サスペンスの要素も含んだ作品となっています。

長い年月を経て読み返せば、人生哲学、人間の心理、さらには歴史や伝統への深淵な問い、といった新たな発見もできるでしょう。

国際教養学部で文学を教えることは、本当に楽しいことです。私のクラスには10カ国以上、多いときには20カ国から、さまざまな背景も経験を持った学生が集まります。これほど多様な読者が一堂に会して、三島由紀夫や大江健三郎、円地文子の作品が人生や思想に与える影響について意見を交わし合う機会は、非常に貴重だといえるでしょう。

授業では、人間性、芸術、文学、そして政治やジェンダーの問題について、国や言語の隔たりを越えて議論する環境を大切にしています。文学の読み方や解釈の仕方は無限であり、唯一の正しい読み方というものは存在しません。

学生が主体的に物語に取り組み、自分自身のアイデンティティーを見出し、読書によって喜びと達成感を得ること。私は、これが最も大切なことだと信じています。

多様で示唆に富む、日本語の平成文学

現在は、平成最後の2019年に始まった長期プロジェクトに取り組んでいます。研究テーマは、1989年から2019年までの平成文学。プロジェクトに参加している国内外の研究者が、平成時代の現代日本文学の30年に関する各自のテーマに基づき、それぞれ一つの章を執筆します。2023年、上智大学出版からMultiple Voices in Heisei Literature(平成文学における様々な声)というタイトルで出版される予定です。

平成文学の特徴の一つは、日本人ではない著者が日本語で書いたものや、日本語だけでなく、英語、中国語、韓国語、ドイツ語などの多言語の文学が多く含まれていることです。

この本では、村上春樹、水村美苗、柳美里などの作家が取り上げられています。また、近年海外の学生が日本で学ぶことを決める理由の一つにもなっている、漫画を取り上げた章もあり、多様な社会における同性婚というテーマについて考えさせる、今を生きる世代の懸念を反映した『弟の夫』という作品に触れています。

別の章では、文学と環境のかかわりをテーマに、水俣病について書かれた石牟礼道子の『苦海浄土』を紹介する予定です。プロジェクトで作り上げる本は、従来の文学研究の枠組みを超えた、まったく新しい視点を生む、多様な示唆に富んだ論文集になります。一般読者と研究者のグローバルな読者層を獲得したいと考えています。

この一冊

『Wuthering Heights(嵐が丘)』
(Emily Brontë/著、The Modern Library)

この本をはじめて読んだ13歳のときは、内容をすべて理解するというわけにはいきませんでした。しかし、キャシーの情熱的な生き方は印象に残りました。それ以降、人生の大きな岐路に立ったとき、重大な決断を迫られたときなどに、私はこう自問するようになりました。「私はこれに情熱を持っているか?」

ユー・アンジェラ

  • 国際教養学部国際教養学科
    教授

コーネル大学より比較文学・アジア研究の学士号を取得後、イェール大学にて修士号(アジア研究)および博士号(東アジア言語文学)を取得。1999年に上智大学に就任、現代日本文学について研究し、教鞭を取る。

国際教養学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University