半導体の乱れた原子や電子の動きをとらえる研究に取り組む理工学部の大槻東巳教授。ミクロな物質である電子を研究する意義や、近年、力を入れているAIを使った新しい研究手法について語ります。
物体を分割し続けたとき、物質のもとになる原子があらわれます。原子はプラスの電気の性質を持つ原子核と、マイナスの性質を持つ電子でできています。電子は原子核のまわりを軌道に沿って飛んでいますが、原子から離れて自由に動き回ることもできます。これが自由電子と呼ばれる電気のもとです。
1870年以降、物理学によってこうした電気のメカニズムが解明され、その後、100年の間にラジオやテレビ、冷蔵庫や洗濯機、デジタルカメラやコンピューターなどさまざまな電気製品が誕生しました。そして現在、桁違いの計算能力を発揮するといわれる量子コンピューターなど、電気の特性を利用した新しい電気機器の開発が進んでいます。
半導体の電子を量子コンピューターに応用できる可能性
私の研究は、主に半導体の電子の動きから、電気の性質をとらえることです。半導体は集積回路(IC)として、スマートフォンやパソコンなどに内蔵されており、電気を通す「導体」と、電気を通さない「絶縁体」の中間の性質を備えています。
純度の高い材料においては、原子の向きや間隔がきれいに揃うのですが、半導体は絶縁体の材料に不純物を添加して作るため、その際に原子の配列がバラバラになったり、一部で原子が抜けたりします。このように原子が乱れた状態で電子がどのような動きをするのかを調べていきます。
電子の動きはコンピューターシミュレーションを使ってとらえます。電子は波の性質を持っており、半導体の原子の配置などを入力し、現象が変化する要素を加えて解析すると、電子の波の様子を記述する「波動関数」が波の画像として出てきます。出力した波のデータをさらに複雑な計算のできるコンピューターシステムで分析し、得られた情報から、なぜそのような現象が起きるのかを量子力学の理論を使って、まとめていきます。
ミクロの世界の現象を詳しく調べる理由は、第一に、目の前で起こっている現象を正確にとらえたいという純粋な探求心です。また、研究で明らかになったことが何かの技術に応用されればと期待する部分もあります。例えば前述の量子コンピューターの基礎の部分には、半導体の電子の動きが応用できるのではないかといわれています。
周囲が驚く顔を見ることが、研究のモチベーションに
研究を続けていると、乱れた原子や電子の動きにある種の規則性が見つかることが5年に一度くらいあります。この瞬間が、たまらなくうれしいのです。また、私は昔から周囲を驚かせることが好きなので、人があまりやらないような研究につい手が伸びてしまうのですが、意外性のある研究成果を出したときの研究者仲間の反応も、さらなる研究のモチベーションにつながっています。
成果の一つは5年前、波動関数をAIで画像解析する技術に成功したことです。犬猫の顔を認識するAI技術から思いついたもので、普段の電子の研究とは少し路線が違います。現在は波動関数以外の部分にもAIを導入するための研究を、物理学者のグループで進めています。うまく行けば日本の物理研究を加速する手助けになるはずです。さらにたくさんの人を驚かせたいとワクワクしながら、日々、研究に取り組んでいます。
この一冊
『The Selfish Gene』
(Richard Dawkins 著 Oxford Univ Pr; Subsequent版)
邦題は「利己的な遺伝子」。生殖能力を持たない働きバチの利他的に見える行動が、実は遺伝子のコピーを増やすためだった、など生物の進化論を遺伝子の視点からとらえ直した動物行動学者の本です。常識にとらわれずに研究することの大切さを学びました。
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大槻 東巳
- 理工学部機能創造理工学科
教授
- 理工学部機能創造理工学科
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東京大学理学部物理学科卒、同理学系研究科物理学専攻修士課程修了、同専攻博士課程修了。理学博士。日本学術振興会特別研究員、ドイツ連邦共和国物理工学研究所博士研究員、大阪大学教養部助手、東邦大学講師を経て、1995年上智大学理工学部助教授、2001年より現職。
- 機能創造理工学科
※この記事の内容は、2022年9月時点のものです