情報の役割を明らかにし、より良い金融市場のあり方を追求する

経済学のなかでもファイナンスを専門分野とする国際教養学部の井坂直人教授は、一般には公開されていない企業に関する私的情報が、証券取引や企業価値にもたらす影響を分析しています。金融市場の発展に必要なものとは?

経済学には幅広い分野がありますが、私の専門は金融経済学です。大学院時代に、特定の市場構造や投資家の行動が価格形成過程にどのような影響を与えるかを分析するマーケット・マイクロストラクチャー理論を学び、証券取引における因果関係や法則性を表現した精緻な理論モデルや計量的手法に出会ったことで、この分野の研究を始めました。研究では、金融データを用いながら、理論モデルを基にした仮説の検証を行っています。

私は長年、「金融市場における情報の役割」についての研究を続けています。ここでいう情報とは、公開情報ではなく、取締役やファンドマネジャー、トレーダーなど、一部の人だけが知り得る非公開の私的情報のこと。こうした限られた情報の伝達が、証券取引における価格形成や、企業の意思決定にどのように影響しているのかを調べています。

社外取締役がもたらす情報の価値

情報は、さまざまなところで興味深い役割を果たしています。一例を挙げると、日本でも近年、取締役に社外の優秀な人材を迎えることで、コーポレートガバナンス(企業統治)を強化することが上場企業に求められています。

社外取締役を増やすメリットの一つは情報です。社内だけに偏らず社外からもさまざまな情報を手に入れて経営判断に役立てることができるからです。

そこで私は理論モデルを用いて、社外取締役などを通じて豊富な情報量を有する取締役会と、社内出身者ばかりで情報量が少ない取締役会を比較する研究に取り組んできました。私はファイナンス学会に所属していますが、この学会にはアカデミアの研究者だけでなく、金融の実務家も参加しており、このような実務家の方々から学ぶことも多いですね。

一般的に、社外取締役が多い取締役会の方が多くの情報が集まり、より良い経営判断を下せるはずなのですが、理論的にはそれ以外のケースも考えられます。例えば、圧倒的な情報力を持った取締役会が最高経営責任者(CEO)よりも強くなりすぎると、CEOが自分の判断が却下されるのを嫌い、取締役会とのコミュニケーションを避けるようになる可能性があります。この場合は、社外取締役の数を減らした方が、株主の利益につながるかもしれません。また、社内外を問わず、多様な情報をもたらす人材を確保することも重要でしょう。

より良いマーケットのあり方を試行錯誤

最近、資産運用における投資家とファンドマネジャーの情報格差をテーマにした新たな研究に着手しました。資産価格に関する私的情報を持っているファンドマネジャーの行動を、投資家がコントロールするにはどうしたらよいのか。推計や分析を行うための理論モデルをコンピューターで組み立てています。

経済学の分野では、常に世界中の研究者たちが、新しく発表された理論について議論したり修正を加えたりしています。もちろん実社会の動きを100%正確に捉えた秀逸なモデルを作り上げることは、簡単ではなく時間もかかります。

私たち研究者は、日々試行錯誤しながら、金融市場で起きていることを理論的に説明できるモデルの構築に取り組んでいます。こうした研究は、より適切な経済政策を立案することや、金融市場の発展にも役立つと考えています。

この一冊

『Market Microstructure Theory』
(Maureen O’Hara/著 Blackwell Publishing)

取引メカニズムや情報構造に関する理論モデルを紹介した本。実社会で役立つ示唆を与えてくれる学問領域について書かれています。大学院で読み、自分の研究分野を決めるきっかけになりました。

井坂 直人

  • 国際教養学部国際教養学科
    教授

上智大学外国語学部卒業、大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士(経済学)。明星大学で3年間講師を務めたのち、2019年より上智大学に勤務。

国際教養学科

※この記事の内容は、2022年7月時点のものです

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