協働を通して誰にとっての「当たり前」かを問い直す

参加や協働をキーワードに障害者福祉を研究する総合人間科学部の笠原千絵教授。知的障害のある人たちが、調査や研究の対象ではなく、パートナーとなるインクルーシブリサーチについて語ります。

インクルーシブリサーチとは、調査の計画から普及までの過程に知的障害のある人が積極的に参加し、研究者と連携・協働することで、「する」「される」という力関係の変容を目指す研究アプローチです。調査結果が大事なのはもちろんですが、インクルーシブ社会の実現に向け、調査プロセスを通じた本人、関係者双方にとっての気づきを実社会に還元するという特徴があります。

知的障害をテーマとする調査研究は数多くあるにも関わらず、回答するのは親や支援者、本人は観察や実験の対象とされることがほとんど。こうした研究方法に疑問を抱いていた大学院生の時にインクルーシブリサーチに出会い、衝撃を受けました。障害者権利条約や障害学の研究成果も影響し、海外ではさまざまな領域で取り組まれています。ただ広めればいいというものではなく、誰のための研究なのか、形だけの参加になっていないか、注意が必要です。

当事者からみた地域での暮らしや社会とのつながりとは

今取り組んでいるテーマの一つは、地域生活の質を知的障害者の立場から検証すること、そして地方自治体による福祉計画策定過程にフィードバックすることです。社会的排除/包摂の実態から知的障害者が市民として生活するための福祉サービスや地域の課題を明らかにし、知的障害者本人との直接的な協働の方法を開発したいと考えています。

社会的排除は経済的な尺度のみでは測定困難な、多元化した現代の貧困を説明する概念で、個人の持つ関係性、社会参加、参加への能力やコミュニティのあり方を動態的にとらえようとします。一方、政策的には就労をゴールとする自立支援と関連付けられやすく、包摂政策が新たな排除を生むことが指摘されています。能力主義的な社会の中で排除を受けやすい知的障害のある人たちが、地域での暮らしや社会とのつながり方をどのようにとらえているか。私たちは学ぶことが多くあると思います。

また、地域福祉が主流化した現代の社会福祉において、福祉行政のあらゆる側面で住民や当事者の参加を得た協働が進められています。しかし住民の多様性を鑑みたアプローチがなければ、既存の枠組みで参加可能な住民の声を収集し、反映させるに留まります。

知的障害のある人が/と行う調査を通じて理解する協働のモード

今まで当然だと思っていたやり方に縛られなければ、知的障害のある人が考えや意見を表現しやすい方法はいろいろあります。例えば、本人たちが撮影した写真をもとに話し合う「フォトボイス」、住んでいる地域を案内しながらの「移動インタビュー」を通して、地域におけるつながりの実際と、それらに影響することが見えてきました。また、自治体が実施するアンケートを元に作成したポスターを使って話し合う「ドット調査」を通して、障害福祉計画に列挙されるサービスではカバーしづらい支援の必要性や内容が分かってきました。

調査を通じて強く感じるのは、知的障害があるから意見を言えないのではなく、そもそもさまざまなことを知る機会や、他の人と話し合い、意見を伝える機会が奪われているということです。インクルージョンの実現に向けて、社会福祉の制度を整えるだけではなく、市民が変わっていく必要があります。今後、本人たちが設定するテーマから、生きづらさを生み出している現状を問い、切り拓いていく「ともに」の研究をしたいです。

この一冊

『脱「いい子」のソーシャルワーク』
(坂本いづみ、茨木尚子、竹端寛、二木泉、市川ヴィヴェカ/著 現代書館)

「生きにくさ」は構造的な力の不均衡に端を発すると考える反抑圧的実践は、社会福祉学を学ぶ、実践する=やさしいと言われる違和感の背景を理解し、当事者とともに社会を構想し、行動に移す指針を示してくれます。

笠原 千絵

  • 総合人間科学部社会福祉学科 
    教授

上智大学文学部社会福祉学科卒業後、地方公務員社会福祉職として知的障害者入所更生施設に勤務。上智大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程修了。社会福祉士。博士(社会福祉学)。関西国際大学人間学部講師、同教育学部准教授などを経て、2018年より現職。

社会福祉学科

※この記事の内容は、2022年8月時点のものです

上智大学 Sophia University