社会インフラとしての近代日本語。その成り立ちを知ることの魅力とは?

明治時代の「言文一致運動」などに代表される日本語の大変革とその成り立ちについて研究をしている文学部の服部隆教授。「言文一致運動」が当時抱えていた難しさや、近代日本語が果たしてきた役割、現代における意義などを語っています。

私たちが普段、使っている「近代日本語」の基本が定まったのはわずか110年ほど前。明治時代初期まで、書き言葉は、平安時代風の擬古文や漢文訓読調の文語体の文で、話し言葉とはかけ離れていました。その後、話し言葉と書き言葉を一致させようという「言文一致運動」が起こり、明治時代後半に標準語の文法に従った話し言葉に近い現代日本語の文章が誕生したのです。私の研究の中心は、この近代日本語の成り立ちを探ることです。

近代日本語ができるまでの道のりは平坦ではなく、話し言葉の文法に従うと言っても、口語の文法書を編纂したり、全国の方言調査を行ったりするなど、標準語の確立には、試行錯誤を重ねました。例えば、明治37年から使用された尋常小学国語読本では、過去の否定表現が「~せなんだ」となっており、現代と同じ「~しなかった」に統一されたのは、明治43年以降に使用された国定教科書からです。

国学者の評伝がきっかけで、研究者の道に

私が言葉の世界に興味を持ち始めたのは高校時代。最初は、日本語のルーツを探る奈良時代語の研究をするつもりでしたが、入学後は、現代語の直接のルーツである明治時代語に惹かれていきました。その頃、出会ったのが本居春庭の評伝です。春庭は、現在用いられる動詞の活用表の原型を作った人物で、著者の足立巻一さんは春庭の評伝を完成させるまでに40年もの年月をかけました。春庭の生涯だけでなく、足立さんが文法研究の面白さに魅せられていく様子に強く共感し、自分も研究に携わりたいと思ったのです。と同時に時代を明治に移し、日本語と格闘した人々の業績を掘り起こしたいと考えたわけです。

研究の方法としてはテーマに関連する文法書や雑誌などを探し、読み込む作業が中心です。明治時代の資料は多いのですが、膨大な資料の中からテーマに必要な部分を抽出するのは大変な作業です。例えば文法に関連する書物だけでも100点以上。学生時代にはこうした本を図書館にこもって、ひたすら写していました。

日本語の歴史や成り立ちに、もっと興味を持って欲しい

現在は、明治時代の言文一致や文法研究の歴史とともに、江戸時代の蘭語学研究にも取り組んでいます。例えば、「解体新書」が翻訳されたのは蘭和辞書や文法書がまだ整っていなかった時代ですが、その後、通詞や蘭学者によって、この種の書籍が編纂されはじめます。オランダ語と日本語を対照する作業を通して、日本語の特徴を強く意識し、それが明治時代の研究につながることになるのです。

近代日本語は全国で通じる共通語として、社会生活の基盤となるインフラの一部となり、コミュニケーションの発展に大きく貢献してきました。情報通信技術の発展などのメディアの変化が、今後日本語に変化をもたらすかもしれませんが、その重要性に変わりはありません。日本語がなければ、私たちは、自由に考え、表現することができなくなるからです。だからこそ、日本語の歴史に興味を持ってもらい、現代の日本語が先人たちの努力の上に成り立っていることを、もっと多くの人に知って欲しいのです。これからも授業などを通じて、日本語の歴史と魅力を伝えていきたいと思います。

この一冊

『やちまた』
(足立巻一/著 中央公論新社)

私が国語学の道に進むきっかけとなった一冊。本居春庭は本居宣長の長男で、盲目の国学者です。家族の助けを借りて日本語の動詞活用に関する画期的な研究を「詞八衢」(ことばのやちまた)としてまとめました。その生涯の足跡を足立氏が半生をかけて評伝にまとめたものです。

服部 隆

  • 文学部国文学科
    教授

上智大学文学部国文学科卒、同文学研究科博士後期課程満期退学。文学修士。福岡女学院大学人文学部専任講師、上智大学文学部助教授などを経て、2007年より現職。

国文学科

※この記事の内容は、2022年12月時点のものです

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