理工学部の近藤次郎教授の研究室では、日本で唯一、核酸(DNA、RNA)に特化したX線構造解析を行っています。DNAと銀で作るナノワイヤーやRNAを標的にした医薬品など、核酸の構造を活かしたものづくりの意義を語ります。
我々生き物の体の中にあって、遺伝情報を保存する物質。DNAとは何かと聞かれたら、多くの人はこんなふうに答えるでしょう。でもこれは、DNAの一面だけを切り取った説明に過ぎません。DNAはデオキシリボ核酸という化学物質で、生物の中から取り出さなくても、専用の合成機を使えば1時間程度で作ることができます。構造も二重らせんだけでなく、四重らせんになっているものや八重らせんになっているもの、途中でポッキリ折れているものなどもあるのです。
私の研究テーマは核酸、つまりDNAやRNAの観察、設計、造形によって、社会の役に立つものを作り出すこと。言わばDNAとRNAの構造を活かした、ものづくりです。学問的には構造生物学という分野なのですが、日本で行われている研究の大半はタンパク質を対象としており、国内では唯一私の研究室だけが核酸を専門に扱っています。 私が核酸の構造にこだわる理由は、DNAやRNAの形を積極的に活用してこそ、できることがあるからです。
DNAは絶縁体。中心にワイヤーを通せばケーブルになる
例えば、DNAの中心にワイヤーを通した「世界一細いケーブル」の作製もその一つ。DNAは直径2ナノメートル(10億分の2メートル)の小さな分子ですが、析出させた結晶にX線を当てる「X線結晶解析」という手法を使うと、パソコン上でDNAの形を細部まではっきり観察することができ、これを参考にしてかなり繊細な造形もDNAに施すことができます。
DNAは電気をあまり通さないので、DNAの中に銀のような金属の原子を一つひとつ並べてワイヤーのようにすれば、まさにケーブルそのもの。これを使うことで、ICチップなどの記憶媒体は極限まで小型化できる可能性がありますし、何より、DNAにワイヤーを通すというアイディア自体に、意外性があります。DNAを使ったものづくりには、新しい発想や価値の提案という側面もあるのです。
また近年は、創薬の世界でRNAへの注目度が高まっています。これまでの医薬品は病気の原因となるタンパク質に作用し、その働きを調節するタイプが主流でしたが、 DNAやRNAから作る「核酸医薬品」は、RNAに直接働きかけ、タンパク質の合成そのものをコントロールするのが特徴です。現在は筋ジストロフィーなど難病の治療薬を中心に、急ピッチで開発が進められているところ。RNAに作用しやすい薬を作るためには、RNAの分子の形を実際に観察し、そこにぴったりはまる薬を設計するべきだということで、ここ最近ようやくRNAの立体構造にもスポットライトが当たるようになりました。
科学に壁はない。分野を超えた連携が可能性を広げる
生物にとって身近な核酸という化学物質を扱い、計算式を使って結晶の解析、観察を行う私の研究は、生物、化学、物理のどれとも関連が深く、他の研究分野とも接点を持ちやすい分野です。機械工学、電子工学の知識が加われば、先ほどの世界一細いケーブルの有効な使い方も、もっと見つかるはず。そのためにも当面の課題はさまざまな形で情報発信を行い、この研究をより多くの人に知ってもらうこと、そして他分野と積極的に連携できる研究者を育成することです。私たちの前にあるのは、広大なサイエンスの世界。そこには、科目や分野の壁など存在しないのですから。
この一冊
『理系のための研究生活ガイド』
(坪田一男著/著 講談社)
研究テーマの決め方や研究費獲得の方法、発表時の立ち振る舞いなど、著者の実体験に基づくノウハウが紹介された一冊。読めば「実験室にこもるインドア派の仕事」という研究者のイメージが、劇的に変わると思います。
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近藤 次郎
- 理工学部物質生命理工学科
教授
- 理工学部物質生命理工学科
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東京工業大学大学院生命理工学研究科、博士課程修了。博士(理学)。ストラスブール大学・フランス国立科学研究センター分子細胞生物学研究所博士研究員、上智大学理工学部物質生命理工学科助教、准教授を経て、2023年より現職。
- 物質生命理工学科
※この記事の内容は、2022年6月時点のものです