一人ひとりと丁寧に向き合い、教育の常識を問い直す

総合人間科学部教育学科
教授
酒井 朗

教育社会学が専門の総合人間科学部の酒井朗教授は、臨床をキーワードに教育のあり方を研究しています。自らの研究を学校臨床社会学と名付け、学校やさまざまな教育現場に入り、関係者の声を聞いたり、一緒に対応策を検討したりしていくことを大切にしています。

私は、当たり前とされている教育に関する常識を問い直し、見落とされてきた問題を掘り起こして、どんな対応が必要なのかを考えています。私は「臨床」というキーワードでこの課題に取り組んでいます。困難を抱えた一人ひとりの人の苦痛や悩みに耳を傾けるという臨床の視点が、教育のあり方や子どもたちの現状を理解する上で役に立つと考えるからです。このような思いから、私は自分の研究領域を「学校臨床社会学」と名付け、研究ならびに教育に当たっています。

現在取り組んでいるテーマのひとつは、不登校の子どもが増える中で、どのようにしてすべての子どもの学びを保障するのかについてです。不登校は心の不調という、メンタルヘルスの問題として捉えられがちで、対策も心理的なカウンセリングが中心でした。しかし丁寧に調べていくと、心理的な要因以外にも社会的、経済的な要因が複雑に絡んでいることが分かってきています。

不登校の影に隠れた問題に光を当てる

近年、ヤングケアラーが社会的に注目を集めています。親や祖父母の面倒を見なければならず、生活リズムが狂って、学校を休みがちな子どもが一定数いると言われています。不登校をメンタルヘルスの問題と捉えるだけでは、子どもたちがどんな困難を抱えているかが見えませんし、不登校以外の理由で休んでいる子どももたくさんいます。その意味で、私は長期欠席の子ども全体を捉える必要があると考えています。

長期欠席者の数が年々増える一方、そうした子どもの中学卒業後の進学先として注目されているのが通信制高校で、2021年度にはその生徒数が21万8千人に達し、過去最多を記録しました。多様な学びの機会が用意されるのは良いことですが、オンラインのやりとりが中心になってくると、地域や家庭で子どもたちがどんな生活を送っているのかが見えづらく、問題を把握しにくい課題があります。

また、外国籍の子どもには就学の義務が課されておらず、実態が非常に不透明です。文部科学省は2019年になって初めて全国規模の調査を実施しました。2021年の調査では、1万人以上の外国籍の子どもの不就学が憂慮されています。こうした問題も、不登校の影に隠れた大きな問題の一つです。

質的調査を通じて当事者に迫る

主な研究手法は、学校関係者や支援者、保護者、困難を抱える子どもたち自身などへのインタビューや、学校や支援の場を参観して記録を取ることで、一般的に質的調査と言います。私は当事者一人ひとりに寄り添いたい思いから、当事者の考え方や価値観を読み解く手法に力を入れています。この2年はコロナ禍のため対面で人に話を聞くのが難しい状況でしたが、感染の広がりが落ち着いてきましたので、少しずつそうした方法での調査も再開しています。なるべく現場に近いところで研究するのが自分のポリシーです。

コロナ禍においても学びを止めてはならないと、1人一台の端末の配布と高速大容量の通信ネットワークの整備が一気に進みました。こうして、学校に通わなくても教育を受けることが技術的に可能になりつつあります。私たちは学校に通わなければ教育を受けられないと考えてきましたが、そうした教育の制度設計そのものが問い直されようとしています。これからの子どもたちにとってどのような教育がもっとも望ましいのか、さらに考えていかなければなりません。

この一冊

『「国語」から旅立って』
(温又柔/著 新曜社)

著者は台湾で生まれ、2歳で来日しました。日本語、台湾語、中国語のはざまで、何が自分の言葉なのかにとまどいながら成長していく様子が鮮明に描かれています。さまざまな境遇にある子どもたちの葛藤や、彼らの学校経験を理解する上で、多くの示唆に富む本です。

酒井 朗

  • 総合人間科学部教育学科
    教授

1961年生。東京大学大学院博士課程満期退学。南山大学、お茶の水女子大学で講師、助教授、教授、大妻女子大学を経て、2015年より現職。専門は教育社会学、学校臨床社会学。

教育学科

※この記事の内容は、2022年5月時点のものです

上智大学 Sophia University