地域社会の現実を見つめ、与えうる影響を模索する

東京近郊の食に着目して社会学的なアプローチで研究に取り組む国際教養学部のジェームズ・ファーラー教授。小規模事業者、消費者、コミュニティの関係を、民族誌学的なフィールドワークによって調査し、地域社会の持続可能性を脅かす要因を明らかにすることで、地域社会の発展を後押ししています。

私は東京近郊の食文化に注目し、地域社会がいかにして小規模事業者のコミュニティを支え、また小規模事業者がどのようにその地域を創り上げているのかについて研究しています。研究対象としているのは、私の住まいに近い、東京都杉並区の西荻窪です。

研究は、人々へのインタビューを通じて理解を深めるエスノグラフィック・フィールドワークを主体としています。これは一種の質的研究であり、数字で仮説を証明する量的研究とは対照的に、知り得た情報を自問し、分析する姿勢が必要です。社会学者は、自分の考えや聞いた話に対して常に懐疑的な姿勢を持たねばなりません。そして変わりゆく現実に自分の考えをアップデートさせるため、話を聞かせてくれる人々に常にアプローチすることが必要です。

現実とは、地域社会に生きる人から学ぶもの

西荻窪界隈での研究の一例を挙げると、新型コロナウイルス感染症がもたらした小規模事業者への影響、それもたった1人が運営する小さな飲食店のような商売への影響は、予想していたほど壊滅的なものではなかったことが分かりました。このような小規模事業者は、行政の資金援助やテイクアウト注文による収益により生き残ることができましたが、一方で、通勤客を相手とする市の中心部の大規模事業者は、脅威にさらされていました。

また、結婚式や観光など特定のイベントや分野に大きく依存する中小企業や、高齢化など他の問題に既に悩まされてきた事業者なども、大きな打撃を受けました。

研究のインタビューを行うために訪れたお店には、廃業に追い込まれたところもありました。例えば高齢のオーナーが営む50年の歴史を持つ喫茶店や、近所の人たちが大きなイベントを行う際に使われていたフレンチレストランです。どちらもパンデミックがなければ、もっと長く事業継続ができたはずです。

社会の高齢化や老舗事業者の廃業の結果、建て替えや再開発が行われ、地域社会の特性に影響が出ています。ビジネスの主体が個人から企業に移行することでコミュニティの特性が破壊され、人と地域社会のつながりに変化が生じているのです。

何年もかけて職人が技術を磨いてきた場所が失われることもあります。一方で、新しい職人が生まれることもあります。事実、YouTubeで技術を学ぶ新しい職人も登場しています。また、匠の文化に加わる女性も増えています。私たちは、現実の理解をアップデートするために、このような変化を学ぶべく、人々との対話を試みています。

地域社会とのつながりを構築し、影響力を得る

私は、西荻町学と名付けたパブリックエスノグラフィーのウェブサイト「Nishiogiology.org」を運営しています。ここでは、西荻窪における私の研究内容を英語・日本語で発信し、インタビューを行った人々を含め、研究にかかわったすべての人にシェアしています。そうすることで、地域社会により大きな影響を与える可能性が高くなるからです。メディアに注目されることのないような小規模事業者の様子を記録し、概要や写真を紹介するだけでなく、そのビジネスの複雑な現実を伝えています。このサイトは2023年3月に文化庁から「食文化『知の活用』振興事例」に認定されました。

このような活動は、時間とともに変化する地域社会のニーズや価値観を、政策立案者に知らしめることも可能とします。50年前であれば、家族経営の事業は現在に比べ持続しやすく、その多くが家族で働いて生活するだけの余裕を持つことができました。しかし、現在の小規模事業者はワークライバランスを意識するようになっており、上の世代が考えたこともないようなことが、今後起こるかもしれません。このような問題提起にとどまらず、地域の再開発がコミュニティにどのような影響を与えるかといった問いも、私の研究を通じて投げかけることが可能でしょう。

社会に影響をもたらしうる研究をすること。これは、私が地域社会に焦点を当てることを決意した動機のひとつです。私は中国上海で長年セクシュアリティや若者文化などさまざまなテーマを研究してきましたが、外国人研究者として社会に影響を与えるには至りませんでした。

今後の研究活動では、世界各地で同じテーマに取り組む研究者たちとともに、近隣の食文化に関する本を発行したいと考えています。どのような地域社会があるかを知り、その共通点や相違点を見出し、地域社会とそこに暮らす人々をつなげることを目指しています。

この一冊

『Talk of Love(愛の話)』
(アン・スウィドラー/著、シカゴ大学出版局)

愛というひとつの概念に関して、一人の人間が複数の考えを持ち、それらを矛盾したまま、しかし効果的に使えるのはなぜか。この本はそれを説明しています。これを知ることは、文化とは何か、なぜ文化は複雑で柔軟なのか、そして、皆が信じる「共通の愛」が存在しないように、「共通の文化」は存在しないのだということを認識する上で大切です。

ジェームズ・ファーラー

  • 国際教養学部国際教養学科
    教授

ノースカロライナ大学チャペルヒル校にて学士号(認知科学)を取得。1998年にシカゴ大学にて修士号および博士号取得。東京、上海、ニューヨークなどのグローバル都市における文化のコンタクトゾーンに焦点を当てた幅広いテーマで研究を行う。1998年に上智大学に就任、上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科グローバル社会専攻の主任を務める。

国際教養学科

※この記事の内容は、2022年7月時点のものです

上智大学 Sophia University