言語に関する知識を研究することは、人間に対する理解を深めること

言語科学研究科言語学専攻
准教授
加藤 孝臣

生成文法に基づく統辞論を研究している言語科学研究科の加藤孝臣准教授。生成文法に基づいて自然科学としての言語研究を行うことは、人間に対する理解を深めることにつながると語ります。

僕は、アメリカの言語学者ノーム・チョムスキーによって提唱された生成文法と呼ばれる言語理論に基づく統辞論を研究しています。統辞論とは、文がどのような構造を持っているのか、単語と単語がどのように結び付けられて文が形成されているのかを研究する言語学の一分野です。

生成文法ではさまざまな言語を研究しますが、僕が主に研究対象としているのは日本語です。生成文法に基づく言語研究では、話者が母語に対して持っている直観をデータにします。

生成文法に基づく言語研究は自然科学の一分野

話者の直観の例として、「太郎が次郎に自分の写真を見せた」という文があったとします。日本語話者であれば、この場合の「自分」は「太郎」で「次郎」ではないという直観を持っています。ところがこの文を少し変えて、「太郎が次郎に自分の写真を撮らせた」とすると、この「自分」は「太郎」でもあり、「次郎」でもあり得ます。日本語話者であればこのような直観を持っています。僕自身も日本語話者なので、日本語のほうが研究しやすく、英語では直観がなかなか働きません。この、人間が持っている母語に対する直観を観察・分析し、その背後に、話者が自分の母語に関してどのような知識を持っているかに迫るのが生成文法です。

生成文法では、「人間は生得的に(生まれながらにして)、言語に関するある種の知識を持っている」と考えます。そして、この、人間に生得的に備わっている言語に関する知識のことを「普遍文法」と言います。普遍文法はすべての言語に共通する特性に関する知識で、その解明も生成文法の重要な目標の一つです。

生成文法が研究対象としているのは人間が持っている言語に関する知識ですが、この知識は人間の脳の中にあります。人間は自然界の一部で、人間の脳は人間の一部です。したがって、生成文法の研究対象は自然界の一部ということになり、生成文法に基づく言語研究は自然界のさまざまな現象を研究する自然科学の一分野ということになります。

言語を研究することは、人間に対する理解を深めること

自分が知らなかったことを知り、分からなかったことが分かるようになる。研究対象に対して理解が深まり、理解が深まるとまた新しい疑問が湧いてくる。平凡ですが、それが研究の楽しみだと思います。今まで疑問に思わなかったことを疑問に思うのは、やはり楽しいことです。

ただ、純粋な理論的研究は、その研究が社会にどう役立つのかと問われると難しいところです。自分の研究についても、「社会にどう役立つのですか?」という質問をよく受けますが、この研究は基礎科学なので、応用や社会貢献というところと直接結びつきにくいのです。

例えば整数論のような純粋数学は、社会に貢献する技術と結びつくまでに長い年月がかかることが珍しくありません。我々のやっていることも同じで、社会の役に立つような未来がすぐに来るかと言われれば、少し難しいかもしれません。しかし、言語を操ることができるのは人間だけです。人間が言語に関して持っている知識を研究することは、人間に対する理解を深めることになります。

この一冊

『言語のレシピ―多様性にひそむ普遍性をもとめて』
(マーク・C.ベイカー/著 岩波現代文庫)

本書は、生成文法の考え方、なかでも言語間の違いを説明するパラメータという概念について解説しています。言語の多様性と普遍性について、現代の言語学がどのようなことを明らかにしてきたのかを感じ取ってもらえたら嬉しいですね。

加藤 孝臣

  • 言語科学研究科言語学専攻
    准教授

東京外国語大学外国語学部英米語学科卒、2006年ハーバード大学言語学科博士課程修了。Ph.D.(Linguistics)。東京理科大学理学部第一部教養学科講師、上智大学外国語学部言語学副専攻准教授などを経て、2014年より現職。

言語学専攻

※この記事の内容は、2022年9月時点のものです

上智大学 Sophia University