シミュレーションでクォーク・グルーオン・プラズマを覗き、宇宙の謎に迫る

高エネルギー原子核物理学が専門の理工学部の平野哲文教授は、コンピュータシミュレーションを使い、クォーク・グルーオン・プラズマの研究をしています。宇宙や物質の起源にも関わる「サラサラの液体」とは?

身の回りの物質は通常、温度を上げると固体から液体を経て気体へ状態を変えます。もっと温度を上げると原子を構成する原子核と電子もバラバラのプラズマと呼ばれる状態に。そして、さらにどんどん温度を上げていくと、ついには原子核を構成する陽子や中性子すらバラバラになって究極の基本粒子であるクォークになってしまいます。普段、クォークは強い相互作用と呼ばれる力を媒介するグルーオンにより結び付けられて陽子や中性子を構成しているのですが、その束縛を解かれ、クォークやグルーオンが離ればなれになるのです。

ところがクォークは単体では存在できません。ある意味「寂しがり屋」で、それまでペアを組んでいたクォークと離れると新たなクォークを真空から生み出してペアを組もうとします。高温ではこのプロセスが連鎖的に起こるので、クォークやグルーオンがバラバラだけれども、無数の粒子が集まった状態ができる。これが私の研究対象である、クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)です。

クォーク・グルーオン・プラズマはサラサラの液体

QGPができるとされるのは約2兆度です。太陽ですら表面温度は約6000度、中心部は約1500万度で、2兆度には遠く及びません。しかし、重い原子核を光速に近い速度でぶつける加速器実験を使えば、衝突エネルギーを熱エネルギーに転化し、2兆度を突破することが可能です。これにより10のマイナス23乗秒の間というほんのわずかな時間だけQGPを作り出せます。

私はコンピュータシミュレーションを使ってQGPの中で何が起こっているのかを明らかにしようとしています。これまでの最大の成果の一つは、2005年に発表された米ブルックヘブン国立研究所の加速器RHIC(「リック」と呼ぶ)によるQGP実験の成果に関する理論的研究です。QGPの粘性が極めて低く、いわば「水のようなサラサラの流体」として振る舞うことをシミュレーションで明らかにし、新聞各紙で大きく取り上げられました。QGPが液体のような振る舞いをするのは、強い相互作用が文字どおり強く、急激な膨張に耐えるからです。

木を見て森も見る

ビッグバンから10マイクロ秒ほど経った頃、宇宙全体はQGPで満たされていたと考えられています。その意味で、全ての物質の起源はQGPでした。QGPの実態に迫ることは、宇宙や物質の起源を明らかにすることなのです。実験では不可能ですが、コンピュータシミュレーションなら、QGP内部の様子をアニメーションとして再現して、詳しく調べることができます。

高エネルギー原子核衝突反応のプロセスは、衝突前、熱平衡化、QGP流体、ハドロンガスという4つのステージに分けられます。同分野の研究者の多くはQGP流体のシミュレーションに注力しているのですが、私の研究室では、QGP流体に「熱ゆらぎ」と呼ばれる効果を加えてモデルの精密化を図るのと同時に、全プロセスを包括的に捉える枠組み作りにも取り組んでいます。「木を見て森を見ず」ではなく、「木を見て森も見る」が私たちのモットーです。

この一冊

『量子力学と私』
(朝永振一郎/著 岩波文庫)

ここに収録されるなかの「滞独日記」がお勧めです。異国での孤独感、研究が捗らない辛さ、目覚ましい業績を重ねる同級生・湯川秀樹への嫉妬が率直に綴られています。湯川に次ぐノーベル賞受賞者となる偉大な物理学者が深く苦悩していたことを知れば、若い皆さんの励みになるはずです。

平野 哲文

  • 理工学部機能創造理工学科
    教授

早稲田大学理工学部卒、同大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。理化学研究所理研BNL研究センター基礎特別研究員、コロンビア大学物理学部博士研究員、東京大学大学院理学系研究科講師などを経て、2011年より上智大学。

機能創造理工学科

※この記事の内容は、2022年5月時点のものです

上智大学 Sophia University