証券市場で売り手と買い手が公平な取引をするための情報のあり方を研究

財務諸表にとどまらない企業の見えない価値を、会計学的アプローチで研究している経済学部の西澤茂教授。300年前からの命題である証券市場の公平な取引、そのための会計情報のあり方について語っています。

約300年前、イギリスの天才科学者、アイザック・ニュートンは購入した株価の急落により、数億円もの大損をしました。「私は天体の動きは計算できるが、人々の狂った行動は計算できない」と語っています。

「儲かったのか、損をしたのか」あるいは「資産や負債の内容」などが記載された財務諸表は、企業の成績表です。ほかにも、表に出ないものを含め、企業にはその価値を測る様々なデータがあります。私の研究は、こうしたデータを分析し、証券市場で売り手と買い手が公平に取引をするための情報のありかたを考えること。市場において公平な取引の構築が最優先事項であることは、実はニュートンの時代からの命題なのです。

研究結果が国の会計ルールに影響を与えることもある

公平な取引のために大事なのは情報の可視化です。そのための研究手法はいろいろあります。例えば証券市場の分析から「上がる」と予想される株が違う動きをした場合、市場関係者が別の指標を判断材料にしている可能性があります。その指標は何かを探り、仮説を立てる。市場がどう反応するかで仮説の正しさを検証します。

検証を繰り返し、同じ結果が集積されれば国の会計ルールが変わることもあります。機械や設備などをリース会社から賃借する「リース取引」もその一つで、かつては財務諸表の項目にはなかったものです。

見えない企業の資産をどうデータ化するかも重要テーマです。私が取り組んできたのは無形資産の研究です。無形資産には、特許や商標権、著作権といった知的資産、従業員の持つ技術や能力、ブランドなどがあります。

研究のスタートは、その企業にとって無形資産に相当するものが何かをリサーチすることから始まります。古典的ですが、投資家に直接、「あの企業の何に価値を見出しているのか」と話を聞きに行くこともあります。研究のために、ヨーロッパの有名自動車メーカーやファッションメーカーの投資家たちにインタビューをしたこともあります。

今後は情報資産の可視化、さらに、「非財務情報」として財務諸表に載っていない企業情報から開示すべきものがないか、それらの調査や研究に取り組みたいとも考えています。

普遍性と新しい技術が融合する魅力的な世界

「ブロックチェーンを活用した会計システム」にも興味を持っています。会計の歴史は不正との戦いの歴史でもあります。ブロックチェーンとはすべての取引履歴が記録された巨大な帳簿でネットワーク内の参加者全員で取引の記録を管理する仕組みです。その目的は不正対策ですが、日本ではまだ始まったばかり。ブロックチェーンの方法論も含め、実際に不正が減るかの検証をしたいですね。

今では当たり前のようになっている会計の仕組みですが、その歴史は古く、約600年前まで遡ります。当時、イタリアのベニスの商人たちが商売に使っていたのは、現代でも広く普及している複式簿記の考え方です。これを1494年、数学者のルカ・パチオリが簿記の教科書として「スムマ」という本にまとめ、世界に会計学が広がりました。

複式簿記がこれほど長く愛されているということはそれだけ価値があり、意味があるということ。複式簿記に目を付け、世界の「当たり前」を作ったルカ・パチオリはすごい!と私は思います。

近年はデータサイエンス、AIなどの最新技術が加速的に流入していますが、こうした新しい技術と、600年前から変わらない会計の原則が入り混じる世界は魅力的で、予測不可能。探求心が止まることはありません。

この一冊

『帳合之法 復刻版』
(福沢諭吉/訳 慶應義塾出版局)

アメリカで使われていた複式簿記の教本を福沢諭吉が翻訳したもの。母校の図書館で初めて見た時は感動しました。日本に複式簿記が広まるきっかけになった本で、福沢諭吉は日本の会計の「当たり前」を作った人と言えます。

西澤 茂

  • 経済学部経営学科
    教授

慶應義塾大学商学部卒、同大学商学研究科博士後期課程修了。東京理科大学工学部、経営学部講師、上智大学助教授を経て、2006年より現職。

経営学科

※この記事の内容は、2022年5月時点のものです

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