神学の専門分野として基礎神学とイグナチオの『霊操』の研究に取り組む

神学部の川中 仁教授は、基礎神学、そしてイグナチオ・デ・ロヨラの霊性を研究しています。教義学の一分野で最も応用的な基礎神学の課題や、イエズス会の精神的支柱であるイグナチオの『霊操』の翻訳について語っています。

基礎神学は、キリスト教信仰の理性的基礎づけに取り組むという意味で「基礎」ですが、神学の中でも最も応用的な分野です。キリスト教に向けられた様々な批判や攻撃に対する弁明として基礎神学は発展してきました。従来は「護教論」とよばれてきましたが、現在では「基礎神学」とよばれています。

かつての宣教のイメージは「知っている人が知らない人に教える」というものでした。しかし、特に20世紀以降は内在論的アプローチが注目されています。人間が人間である限り望んでいることと聖書的・キリスト教的な信仰のメッセージが一致している。そのことを明らかにしようとするアプローチです。

歴史をたどると、内在論的アプローチは、古代にも存在し、聖書の中にもみられます。つまり、新たに発見されたというよりも、再発見されたわけです。現代のキリスト教信仰や宣教のあり方を考えることも基礎神学の大事な課題の一つです。

イエズス会の精神的支柱『霊操』の世界

イエズス会の創設者の一人であるイグナチオ・デ・ロヨラ(1491-1556)の『霊操』の研究にも取り組んでいます。2023年には『霊操』の翻訳を出版する予定です。

イグナチオが、16世紀のスペイン語で、しかも独自の用語法で何を言おうとしていたのか読み解き、日本語に置き換えるのは容易なことではありません。

その一例が「イストリア(historia)」という言葉です。現代の日本語では「歴史」あるいは「史実」と訳すことができます。しかし、「史実」とすると実証可能な過去の歴史的事実に意味が限定されてしまいます。

イグナチオのいう「イストリア」とは、父なる神のもとにいるイエスの先在、受肉、十字架の死と復活、再臨までをも含む、聖書的なイエス・キリストの出来事という意味での「歴史」です。翻訳では、漢字で「歴史」とし、「イストリア」とルビをふりました。訳注もつけました。

神学研究の醍醐味

500年にわたる歴史のある霊操研究に取り組むためには、スペイン語やラテン語はもちろん、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語などの現代語の幅広い文献を読みこなさなければなりません。さらに、神学一般の研究には、旧約聖書の書かれたヘブライ語、新約聖書の書かれたギリシャ語、長らく教会の公用語だったラテン語も必要です。話すことは必ずしも必要ではありませんが、読めなければ研究を進めることはできません。

過去の霊操研究をたどると、500年の間にすべて言われ尽くしています。ですが、霊操研究に限らず、再発見を繰り返しながら前に進むところが神学研究の醍醐味です。教会の歴史のある一時期を担い、前の世代から受け継ぎ、次の世代へとつなぐこと。それがわたしたちキリスト者、神学部の教員である者の務めです。

確かに、神学は狭い意味でのキャリア形成にはつながらないかもしれません。しかし、人間の生き方に直結しているという意味で、どんな分野、どんな職種に進んでも役に立つのが神学という学問です。

この一冊

『聖書』
(聖書協会共同訳 日本聖書協会)

生まれてまもなく洗礼を受け、幼少時より聖書には慣れ親しんできました。人間の生き方に関してこれほど豊かな内容をもった本はありません。人間の生き方に関する知恵の宝庫です。

川中 仁

  • 神学部神学科
    教授

上智大学文学部哲学科卒業、同神学部神学科卒業、同神学研究科博士前期課程修了、ザンクトゲオルゲン哲学神学大学博士課程修了。神学博士(Dr. theol.)。上智大学神学部准教授等を経て、2014年より現職。

神学科

※この記事の内容は、2022年5月時点のものです

上智大学 Sophia University