実践哲学が専門の文学部の寺田俊郎教授。カントの実践哲学をはじめ近現代の実践哲学を研究する傍ら、「哲学カフェ」など市民とともに哲学を実践する活動も行っています。学術的な哲学研究の難しさと面白さ、哲学が持つ力について語っています。
18世紀のドイツの哲学者、イマヌエル・カントは、人間と世界をめぐるありとあらゆる事柄を哲学的に考えましたが、道徳や政治、法など人間の行為に関わる哲学でも多くの業績を残しました。人間の行為に関わる哲学を「実践哲学」と呼びます。私はこの実践哲学を研究しています。
カントは「人間は理性を持っているかぎり、国境を越えて行動し、言論し、考えることができる」という「世界市民主義」を提唱しています。この「世界市民主義」も私が近年特に力を入れている研究テーマです。グローバル化の進む現代では、いたって当たり前のことのようですが、カントは18世紀の時点ですでにそうした先進的な思想を持っていました。
今の世界はカントの世界市民主義的な哲学に大きく影響を受けています。国際連合の理念などもカントの思想につながるものです。哲学的思考は世界に大いに影響を与えますし、今後も与えていくはずです。
哲学を学術的な側面だけでとらえてはいけない
学術的な哲学の研究では基本的に、哲学文献の原典を読んで解釈をします。カントの哲学を研究するなら、まずはドイツ語が読めることが必須です。そして、カントに共感し、あるいは疑問を抱きながら、カントと対話をしながら読んでいく。これまでさまざまな研究者が続けてきた緻密な解釈の経緯も理解しつつ、新たに問い続けていく必要もあります。いずれも易しいことではありませんが、自分独自の読み方ができるようになると、研究も楽しくなってきます。
ただ、哲学を学術的な側面だけでとらえてはいけないとも思っています。カントは学術的な哲学を「学校概念の哲学」、その対比として、理性を持つ人間が関心を持たずにいられないことを哲学的に考えることを「世界概念の哲学」としました。カントは、この世界概念の哲学こそが真の哲学だと述べ、私もこの考え方に大いに共感しています。
実際、世界には環境問題、人権問題、戦争と平和の問題、貧困の問題など、関心を持たずにいられないさまざまな問題があふれています。一般の方々がそれらを哲学的に考察すること、それこそが社会を動かす一つの力になるはずだと考えています。
哲学的対話のなかでは誰もが自由で平等になる
近年は哲学カフェや、小学校、高校などの教育現場、企業などに学生たちとともに出向いて、哲学を専門としない人々と一緒に哲学的に考えるという活動もしています。哲学的な対話の方法、哲学的な対話をするときの進め方、その難しさと克服方法、人々がどう変容するか。それは、私の学術的な研究活動の一環でもあります。
哲学的な対話の場では、「幸福とは何か」「自由であることはよいことか」「善悪は普遍的か」など、日ごろ当たり前だと思って見過ごしている素朴な問いを拾い上げて、ともに考えることができる。哲学的な問いは誰もが意見を持ちながら、誰も最終的な答えを知りません。先生に訊いても親に尋ねても百科事典を見ても、Googleで調べても分からない。同じような問いを持っている人たちと一緒に対話するしかありません。
哲学的な対話の場では、誰もが自由で平等な関係性を築くことができます。おとなも子どもも自律的に、そして対話的に考える。まさに究極のアクティブラーニングです。「哲学的である」とは、その正解を探ることではなく、「考えることそのもの」。哲学的に考えることに意味があることを知り、哲学的に考える方法を知ることこそ重要です。それができれば、社会の多様な問題を考えるときの基礎になります。そして将来、どんな職業に就いても必ず役に立つ。私が心がけていることは、「学術的な哲学の研究と市民としての哲学をつなぐこと」。それが今の目標です。
この一冊
『永遠平和のために』
(カント/著 宇都宮芳明/訳 岩波文庫)
カントの実践哲学の総決算であり、最初に読む哲学の本としておすすめです。「戦争と平和」について論じており、今、読むべき本でもあります。最初から納得のいく理解ができなくても、数年後に読み返してみてほしい。哲学の本とはそういうものです。
-
寺田 俊郎
- 文学部哲学科
教授
- 文学部哲学科
-
京都大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科博士後期課程学修退学、大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。明治学院大学一般教育部助教授、同法学部准教授を経て、2010年より現職。
- 哲学科
※この記事の内容は、2022年5月時点のものです