看護・介護従事者が離職しない条件とは? 統計データから科学的根拠を導く

なぜ、看護や介護にかかわる人の離職率が高いのだろう――。そんな疑問に対して、統計データを用いながら分析・研究を進める国際教養学部の長谷部拓也准教授。世の中にある「何となくそうなのでは?」という思い込みを科学的に証明するおもしろさを語ります。

私の専門は実証ミクロ経済学という学問です。そうと聞くと、何だか小難しい理論を学ぶように思うかもしれませんが、そうではありません。言うなれば「この時代を生きる一人ひとりが、どんな選択をするのか」を分析する学問なのです。

経済学の世界では、常にさまざまな経済予測が立てられています。でも、「本当にそうなの?」という疑問もありますよね。そこでさまざまな統計データを駆使して、一定の傾向を導き出し、検証するのが実証経済学です。私の場合、個人や企業といった小さな単位を分析対象にしているので、実証ミクロ経済学と呼ばれています。なかでも労働経済や医療経済に関する研究が、私の専門領域です。

「Aをすれば、Bになる」という因果関係を、科学的に立証したい

今、私が興味を持っているのは、看護や介護に携わる人たちにとって働きやすい条件とは何か、ということです。高齢化に伴い、看護や介護にかかわる人の需要は増えていますが、一方で離職率が高いことも知られています。人が頻繁に入れ替わるとサービスの質は低下しがちなので、辞めてほしくありません。では、どうすればいいのでしょう。

対策として、「給与を上げれば辞めないだろう」という予測ができます。しかし財源は無限ではありません。給与を何パーセントあげれば、何パーセント離職率が下がるのか、その具体的な数値を出していく必要があります。給与だけでなく、そのほかの労働条件や景気の動向にも要因があるかもしれません。

このように因果関係を統計学の手法で分析し、安定的な雇用につながる条件を見つけ出そうというのが、現在私が力を入れている研究です。さらに、このような実証研究と並行して、データを分析するための統計学的なテクニックの開発にも力を入れています。

政策立案にこそエビデンスが必須。実証経済学がさらに求められる時代に

実証経済学は、国や地方自治体の政策立案とも深くかかわり始めています。2000年代になって、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)という言葉が広がってきました。「政策と成果の因果関係を確認し、根拠に基づいて政策を立てていく」という考え方です。簡単に言えば、前例や経験をもとにするのではなくエビデンス、つまり科学的な根拠に基づいて政策を立てましょうということです。

エビデンスを導くためには、データをもとにした因果関係の明確化が必要です。因果関係は、単に数字を読んでも出てきません。正しく分析するには、専門的な技術が必要なのです。それこそが実証経済学のテクニックであると考えています。

私の研究も、高齢化社会に向けて必要なエビデンスの一つになると考えています。もちろん研究の結果、「因果関係はなかった」という身も蓋もない結果になることもある分野です。でもそれは失敗ではなく、エビデンスに到達するための過程の一つです。

私はまだ若輩ですが、国や自治体の政策や社会的な取り組みに反映されるような研究を今後も積み重ねていけたらと思っています。

この一冊

『ガロア 天才数学者の生涯』
(加藤文元/著 角川ソフィア文庫)

10代で「ガロア理論」を構築した19世紀の数学者ガロアは、政治運動に身を投じ、決闘で命を落とします。享年わずか20歳。最近読んだ本ですが、もし高校時代にこの本に触れていれば人生が変わったかもしれないと思えました。

長谷部 拓也

  • 国際教養学部国際教養学科
    准教授

ニュージャージー州立ラトガーズ大学卒業。ニューヨーク市立大学でPh.D. in Economics取得。カリフォルニア大学デービス校にてポスドク研究員、2014年に上智大学国際教養学部に着任し現在に至る。

国際教養学部

この記事の内容は、2022年8月時点のものです

上智大学 Sophia University