臨床心理学のなかでも小児医療心理学を専門とする総合人間科学部の横山恭子教授。小児がんや慢性疾患などに苦しむ子どもや家族の心のサポートを研究テーマとしています。心理学の知見と経験を踏まえ、子どもたちの「明日」を支えています。
臨床心理学とは、心に問題を抱える人と向き合い、実践的な解決方法を模索していく学問です。なかでも私は、病気の子どもと家族の心のサポートをする小児医療心理学を専門としています。
小児がん、遺伝性の免疫疾患、心臓病、てんかん、一型糖尿病など、病気を抱える子どもたちの悩みや不安はさまざまです。例えば小児がんの場合、医療の急速な進歩によって、以前なら助からなかった子も生きられるようになりました。一方で、化学療法や放射線治療、手術などの後遺症に悩む子も増えています。身長が伸びない、髪の毛が薄い、学習障害のような症状が出る、体の一部を失ったなど、苦しみはそれぞれです。幼い頃から入院生活を続けていた子の中には、他のたくさんの子どもたちを「怖い」「理解できない」と感じて学校に行けなくなる子もいます。
このような子どもたちやその家族に対して、心理学や臨床心理学の知見と経験を使ってサポートすることが私のテーマです。
治らない病気であっても明日への希望と安心感を与えたい
研究の場は、おもに病院の小児科です。子どもと1対1で面談し、アートセラピーやプレイセラピーなどの臨床心理学的手法を用いながら、その子の世界や心のありようを理解していくのです。
遊びの中で出てくる言葉や表情、行動などにその子の心のうちが見えてきます。不安があるなら不安を、そのまま表現してくれればと思います。消すことはできなくても、ともに不安を抱えることができるかもしれません。「わかってもらえた」という小さな安心感が、いまや明日を楽しむ力、恐怖に対抗する力になればと願っています。
子どもにとって、遊びはとても重要です。治療法がない病気だとしても、人は絶望だけを抱えて生きるわけではありません。10年先どころか1年先のことも考えられない病状でも、「ああ、楽しかった」と思うことで、希望を見いだすことができるかもしれません。
あるお子さんは亡くなる前日、最後にこう言ったそうです。「明日、横山先生が来たら何をして遊ぼうかな」と。人は死の直前であっても、前向きな希望を持ち続けられるということを、私は子どもたちから学んでいます。
チーム医療の中に心理職がいる、それが当たり前の未来に
医療の進歩にともない「治るか治らないか」がすべてではなくなりました。身体的な疾患を抱えた人の心の支援は、今後ますます注目されるはずです。この分野に関わる心理職はまだ少数ですが、少しずつ公認心理師や臨床心理士が病院のチーム医療に加わることが増え、身体的疾患の患者さんが心理職の面接を保険で受けられるケースもあります。
一歩先を行くのは米国です。医療心理学の分野が発達しているので参考になることが多いのですが、「こういう文献があるから、この子もそうに違いない」などとは決して考えず、患者本人の心と向き合おうと肝に銘じています。
人の心は複雑で、ときに残酷で、そして驚くべき回復力を持っています。とくに子どもの成長や変化に目を見張ることも多いものです。臨床の現場が大好きな私ではありますが、ここで得た体験を理論化し、広く伝えていくことも今後の目標です。
この一冊
『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』
(ヴィクトール・E・フランクル/著 霜山徳爾/訳 みすず書房)
大学時代の恩師の訳書で、強制収容所という極限状況での人間の希望と絶望が描かれた本です。祖父から戦争体験を聞いていた私は、被害者目線だけでなく「自分も加害者の一員であったかもしれない」と思いながら読んだ記憶があります。
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横山 恭子
- 総合人間科学部心理学科
教授
- 総合人間科学部心理学科
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上智大学文学部心理学科卒、同大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程修了、同博士後期課程満期退学。東洋英和女学院大学人文学部人間科学科専任講師、人間科学部人間科学科助教授、上智大学文学部心理学科助教授を経て現職。
- 心理学科
※この記事の内容は、2022年5月時点のものです