地域と家族、伝統と変化――社会学で現代社会の無数のドラマを読み解く

少子高齢化、人口減少、都市への人の集中、そして過疎化。地域社会は今、多くの課題を抱えています。そこで暮らす家族はどう変化し、何を守っていくのか、総合人間科学部の田渕六郎教授はフィールドワークを通じて探っています。

私は現代日本の家族と地域コミュニティをテーマに研究しています。そのキーワードになるのが、伝統と変化です。

少子高齢化が急速に進むなかで、家族のあり方は転換点を迎えています。伝統的な家制度や、夫の家での三世代同居のシステムは消えたかのように見えますが、実際には長男が親と同居し、介護すべきだという価値観も根強く存在します。現代の家族は、伝統と変化の微妙なバランスの上にあるのです。

地域社会に目を向けても、伝統と変化は拮抗しています。私が研究対象にしている離島や中山間地域では、人口減少という大きな課題を抱えながら伝統を守って住み続ける人がいる一方で、Ⅰターンで移住してきた人たちが新たな伝統の担い手にもなっているのです。

人口減少にあえぐ小さな町の選択は、日本の将来の道標に

例えば島根県隠岐諸島の海士町の場合、人口の1割がⅠターンの移住者です。過疎が進む海士町では、平成のはじめに地域唯一の高校が閉校の危機に直面しました。「これではいけない」と地域ぐるみの教育改革が始まり、生徒数をV字回復させた経緯があります。

現在では生徒の半数は日本全国からの「留学生」。地元の生徒と「留学生」の相互啓発的な環境の中で、地域全体が活性化するという新しい状況を生み出しています。豊かな自然とのびやかな教育環境を求めて、若い世代や家族連れの移住者も増加しています。

海士町は離島の小さな町ですから、人口減少や教育・医療・雇用などの問題は残っています。それでもなお人を惹きつける魅力を示すことができ、島の人たちは「よそ者」にオープンになることで地域の活性化を進めている。人口減少が進む今後の日本社会にとって、海士町は一つの道標となるはずです。

家族と地域は網の目のように影響を与え合うもの

家族研究における手法は二つあり、一つは統計データを使って過去と現在、海外と日本の家族像を比較していく方法ですが、これだけでは具体像が見えてきません。個々の家族のありさまは、地域や環境の影響を色濃く受けるものです。そのためもう一つのフィールドワークという手法を重視し、一つの場所に視点を据えて生の声を聞き続けています。

その過程で気づかされるのは、家族と地域は網の目のように結びつき、お互いに影響を与え合っているということです。海士町の例で言えば、個別の目的があって島に来る移住者たちが、そこで新たに家族を作り、結果的に地域を変えています。一方、島で生まれ育ち、覚悟を持って島で生きる人もいます。そうした人たちの姿に影響を受け、海士町でともに調査をした本学社会学科の学生が、都市部ではない土地に移住して地域活性化に取り組んでいる例もあります。改めて社会学とは、人間と社会のつながりのドラマに直に触れる学問だと実感させられます。

子育ても介護も家族だけで受け止めきれなくなっている現代、地域社会には受け皿としての役割が求められるでしょう。「子どもを村全体で育てる」という感覚は、ここ何十年かで急速に失われましたが、逆に言えば失ってからの月日は浅い。取り返すことは可能です。私の研究もその一助になればと願っています。

この一冊

『ホハレ峠 ダムに沈んだ徳山村 百年の軌跡』
(大西暢夫/著 彩流社)

ダムに沈んだ村の最奥の集落に最後まで暮らし続けた女性を、長期取材して書かれたルポ。私たちが都市で享受している生活が、どのような犠牲の上に成り立っているのか突きつけられる、心揺さぶられるストーリーです。

田渕 六郎

  • 総合人間科学部社会学科
    教授

東京大学法学部、文学部卒業。東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。東京都立大学人文学部社会福祉学科助手、名古屋大学大学院環境学研究科専任講師、准教授を経て2007年より上智大学。2012年より現職。

社会学科

※この記事の内容は、2023年7月時点のものです

上智大学 Sophia University