陽気なイメージの向こう側に、知られざるブラジル文学の奥深さがある

外国語学部ポルトガル語学科 
准教授 
宮入 亮

日本でも徐々に知られつつあるブラジル文学のなかで、北東部ノルデスチの文学には、私たちが思い描くブラジルのイメージとはまったく異なる魅力があります。外国語学部の宮入亮准教授が、ブラジル文学の奥深さと外国語を学ぶ意義について語ります。

ブラジルと言えば、サンバ、カーニバル、サッカーなどがよく知られ、陽気で派手な国というイメージが先行しています。一方で、文学は意外にも社会派やリアリズムが主流です。一見すると地味ですが、人間の暗い側面を深く追究する骨太の作品がたくさんあります。

私が研究している北東部ノルデスチは、よくあるブラジルのイメージとはかけ離れた場所です。私がノルデスチに惹かれるようになったのは、ジョアン・カブラウ・ジ・メロ・ネトの詩「アスピリンの記念碑に」を知ったことがきっかけでした。彼は偏頭痛持ちで、頭痛薬のアスピリンに捧げる詩を作ったのです。

もともとフランスのシュルレアリスムが好きだった私は、ヨーロッパのアヴァンギャルドに通じるようなこの風変わりな詩に魅了されました。調べてみると、ジョアン・カブラウ・ジ・メロ・ネトがノルデスチの社会問題を深く扱った詩人だと分かり、それ以来ノルデスチの文学や文化を研究しています。

2人の詩人が描く、ノルデスチの貧困と豊かな文化

ジョアン・カブラウ・ジ・メロ・ネトの代表作は『セヴェリーノの死と生』という戯曲です。ノルデスチの内陸にはセルタンという半乾燥地帯があり、干ばつが不定期に起きて住民が難民のようになってしまうことがあります。このようにして故郷を追われた人々は「ヘチランチ」と呼ばれています。

この作品はヘチランチを主人公に、セルタンから沿岸のサトウキビ地帯、さらにはブラジル北東部の主要都市レシフェまでの旅を描いています。その旅の過程で、それぞれの貧困の問題点が明らかにされていきます。大土地所有やモノカルチャーが貧困を助長している構造、都市に着いてもなお続く貧しい暮らし。こうした現実を通して、ジョアン・カブラウ・ジ・メロ・ネトはノルデスチの貧困問題を鋭く描きました。

ジョアン・カブラウ・ジ・メロ・ネトと対照的なのが、アリアーノ・スアスーナです。同じくノルデスチの作家ですが、彼が光を当てたのは地域の豊かな文化でした。代表作の『コンパデシーダの戯曲』には、「コルデル文学」と呼ばれる民衆の口承文学の題材がふんだんに取り入れられています。

コルデル文学とは、貧しさから教育を十分に受けられず、字が読めない人たちの間で受容され、歌い継がれてきた物語です。さらにノルデスチには、本来のカトリックの教義とは大きく異なる「民衆カトリシズム」と呼ばれる独自の信仰が息づいています。現世利益(現世で受ける恵みや利益)を追求するのが特徴で、縁結びや病の治癒など願い事ごとに頼む聖人が決まっています。願い事がかなえば感謝しますが、かなわなかったときには文句を言い、聖人の像をぞんざいに扱うこともある。こうしたユニークな信仰も『コンパデシーダの戯曲』では生き生きと描かれています。

外国語は人生の新たな扉を開いてくれる

ノルデスチの文学という研究テーマに出合えたのはポルトガル語を学んだからこそ。AIの登場で語学の意義が問われる時代ですが、外国語は単なるコミュニケーションツールではありません。

私自身、ポルトガル語を使うとスイッチが切り替わるように別の自分になる感覚があります。話し方も、考え方も、身体感覚までも変わり、異文化に近づける。外国語は人生の新たな扉を開き、その先にまったく知らなかった世界を見せてくれます。

私にとっては、それが人間の深部に訴えかけるノルデスチの文学でした。ステレオタイプの向こう側にある、知られざるブラジルの姿を発信していきたいと考えています。

この一冊

『飢餓社会の構造』
(ジョズエ・デ・カストロ/著 大沢邦雄/訳 みき書房)

ブラジルの飢餓と貧困を地域ごとに分類・分析し、それぞれに合った解決策を提案した一冊です。これを読んで、ジョアン・カブラウ・ジ・メロ・ネトの詩が扱う社会的背景や問題の詳細が深く理解でき、自分の研究が飛躍的に進んだ感覚がありました。

宮入 亮

  • 外国語学部ポルトガル語学科 
    准教授

上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒、東京外国語大学総合国際学研究科博士後期課程満期退学。論文博士(学術)。上智大学外国語学部ポルトガル語学科助教を経て、2026年度より現職。

ポルトガル語学科

※この記事の内容は、2026年6月時点のものです

上智大学 Sophia University