コンピューターシミュレーションで明らかにする、目に見えない化学の世界

コンピューターを使って化学のさまざまな現象について仮想実験を行っている、理工学部の南部伸孝教授。環境問題に関わる大気中のN20という物質の測定など、理論化学の手法でミクロの世界を明らかにする研究とその魅力について語ります。

化学というと自らの手で物質を扱い、反応や変化を観察する実験化学をイメージする人が多いと思います。私が専門とする理論化学は、実験化学でわかった事実が、原子や電子などミクロの世界でどのように起こっているのかを、コンピューターを使った仮想実験により、証明する学問です。

研究の一例として、温室効果ガスの一つで、排気ガスなどに含まれるN20(亜酸化窒素)に関するものがあります。N20と同じ性質を持つ同位体が、大気中にどれくらいたまっているか、またはたまりやすい場所はどこかといったことについて、コンピューターシミュレーションで明らかにしています。ほかにも、抗がん剤の有効性の解析に利用される蛍光タグの分子設計を構築したり、カーボンナノチューブという材料に含まれる物質C60フラーレンに、水素原子を詰め込んだりする仮想実験も世界に先駆けて成功させています。

NASAやノーベル化学賞受賞者から問い合わせが来た

規模が大きすぎる、あるいは危険が伴うために現実での実験が難しいものも、コンピューターシミュレーションを使えば、検証可能です。N20の場合、実際の実験では地上にバルーンなどをあげて上空の物質を測定する方法などがとられていますが、広範囲の分布を調べることが難しいなど、限界があります。この点、コンピューターシミュレーションでは地球全体に、N20がどのように循環しているかといったこともわかります。また、NASAからこの研究についての問い合わせが来たことから、私の研究が火星の大気シミュレーションなどにも役立つのではないかと、期待しています。

理論化学ではコンピューターを動かすソフトも自分で作り、実験することが普通です。つまり、その研究者にしか扱えない技術も多く、国内外の研究者から共同研究を提案されることも少なくありません。一番驚いたのは、ノーベル化学賞を受賞したアメリカのルドルフ・マーカス氏からの依頼です。私の研究人生で、もっとも思い出深いものの一つです。

数学やコンピューターが好きな若者にこそ向いている

私の研究分野は数学とコンピューターの知識が求められることから、若い人にこそ向いていると言われます。一方で、コンピューターシミュレーションを行うにあたっては、どのようなデータを入れれば、より現実に近づけるかを予測するという点で、経験値が重要です。もちろん、コンピューターシミュレーションを成功させるためには、研究テーマに関する分野に詳しくなければなりません。N20であれば環境、蛍光タグであれば医療など、まったく別の世界なので、情報を求めて関連学会などに参加し、知識を深めています。こうした積み重ねが、「こうすれば、現実の世界に近づけるのではないか」というひらめきにつながるのだと思います。

現実の化学実験では、簡単なものでもわずかな手順の違いで成功しないことがありますが、コンピューターシミュレーションでは解析する方法さえわかれば、誰がやっても同じ答えが出ます。この正確さも、たまらない魅力です。理論化学は生物分野にも応用されはじめ、コンピューターシミュレーションが実験化学より先行している研究分野もあります。幅広い分野での応用が期待されるこの学問を、若い学生たちと一緒に楽しみながら、さらに発展させていくことが今の私の夢です。

この一冊

『カッコウはコンピューターに卵を産む』
(クリフォード・ストール/ 著、 池 央耿/訳 草思社)

天文学研究のかたわら新米のシステム管理者となった著者が、ハッカー相手に孤軍奮闘する体験を書いた本。読んだ当時は日本でもコンピューターが珍しかった時代ですが、この本からコンピューターの面白さや奥深さを知り、上手な付き合い方を学んだように思います。

南部 伸孝

  • 理工学部物質生命理工学科
    教授 

慶應義塾大学理工学部化学科卒業。分子科学研究所、計算科学研究センターなどを経て、米国イリノイ州アルゴンヌ国立研究所にて多原子分子への応用が可能である遷移状態波束動力学計算の開発を実施。九州大学を経て、2009年より上智大学に勤務。

物質生命理工学科

※この記事の内容は、2022年10月時点のものです

上智大学 Sophia University