あなたの声はなぜ通らない? 話すこと・聞くことのメカニズムを解き明かす

外国語学部英語学科 
教授 
北原 真冬

音声学・音韻論・認知科学の三つの分野を横断しながら、音声言語についての研究を重ねる外国語学部の北原真冬教授。よく通る声と通らない声の違いといった身近なテーマから、言語の本質に迫ります。

私たちの会話が、どのように成り立っているのかを考えたことはありますか? まずは肺から吐き出された息が喉を通り、口の中で音声として調音されます。口から発せられた音声は音波として空気中を伝播し、他者の耳へと届くことで聞き取られ、理解されます。こうしたプロセスを細かく分析しながら、私たちが音声を用いてコミュニケーションをするときに、そこで何が起きているのかを解明することが私の研究目標です。

そのためには、発声や聴覚のメカニズムといった言語の物理的・生理的な側面を扱う音声学の知見が必要不可欠です。ある音が一つの言語体系の中でどのように位置づけられ、話者がそれをどのように認識しているのかを明らかにする音韻論的なアプローチも欠かせません。発話や聞き取りに伴う脳の働きを知るためには認知科学も有効ですし、最近ではAIを用いた自然言語処理にも注目が集まっています。私はこうした複数の領域を横断することで、さまざまな角度から音声言語の研究を重ねてきました。

よく通る声の特徴を分析し、それを人工的に再現したい

近年、最も力を注いでいるのは声の通り方についての研究です。たとえば飲食店で何度も店員さんを呼んだのに気づいてもらえなかった、という経験がある人は少なからずいると思います。よく通る声と通らない声の違いはどこにあるのか。声の高低や声量だけが問題なのであれば、声の通り方に明確な男女差があるはずですが、実際はそうではありません。何らかの要因が、声の通りやすさを決定しているのです。

研究の結果分かったのは、私たちの耳は特定の周波数帯域が強い音声を、よく通る声として認識しているということです。よく声が通る人とそうでない人の話し方を比較すると、音節のつなげ方や口腔と喉の構えに差異があることも分かってきました。

今後は未発見の要因の解明に力を入れるとともに、通らない声を通る声へとリアルタイムで変換するアプリの基礎技術の開発にも取り組みたいと考えています。この技術は災害発生時の避難放送など、多くの人々に確実にメッセージを届けなければならない場面で大きな力を発揮するはずです。

分野の壁を突き崩し、言語の本質に迫る

音声学・音韻論的なアプローチは英語学習にも役立てられます。たとえば、さまざまな学習レベルの話者の発音を調べたところ、習熟度の高い学習者ほどアクセントが置かれていない音を、しっかりと弱く発音する傾向があることが分かりました。こうした知見を積極的に活用すれば、誰もがより効率的に自然な発音を習得できるようになるでしょう。

ほかにも日本語に特徴的な母音の無声化という現象や、東北方言の音声的な特徴など、さまざまな研究テーマに取り組んでいますが、その中で実感するのは学問に分野の壁は存在しないということです。文系・理系の区別にとらわれる必要はありません。実際に今は言語学においても、実験で得られたデータを分析する際には、数学やプログラミングの知識が必須です。目の前の謎を解き明かすためであれば、どんな分野からも貪欲に学ぶことができる。これからの研究者・学生に必要なのは、そういう旺盛な知的好奇心です。

この一冊

『音声科学原論』
(藤村靖/著 岩波書店)

著者の藤村靖氏は、医学・物理学・工学的なアプローチを駆使して独自の音声生成モデルを生み出した高名な研究者。今でも私にとってのお手本であり、文理融合の一つの理想型を示したような一冊です。

北原 真冬

  • 外国語学部英語学科 
    教授

京都大学文学部文学科卒、同文学研究科博士課程中退、インディアナ大学言語学・認知科学プログラム博士課程修了。Ph.D.(言語学・認知科学)。山口大学工学部助教授、早稲田大学法学部准教授・教授を経て、2016年より現職。

英語学科

※この記事の内容は、2023年6月時点のものです

上智大学 Sophia University