人類が直面する地球環境の危機に対して法律学は何ができるのか

法学部地球環境法学科 
教授 
桑原 勇進

法学部の桑原勇進教授の専門は環境法です。環境法の基本原則や、ドイツを中心とした諸外国の環境法をめぐる議論の研究を通じ、日本の環境法制や環境政策の改善に貢献できないかと模索しています。

私は1988年に地球温暖化について知り、地球が根本的に変質してしまう大問題だということに衝撃を受けました。国が環境問題に果たすべき役割を、法的に義務付けられないのだろうかと調べてみると、ドイツで環境問題について基本権保護義務が議論されていることを知りました。国家には生命、身体、健康、財産といった国民の基本権を保護する義務があり、それらは環境破壊によって侵害される可能性があるため、環境も保護する義務があるというのがドイツでは通説で判例にもなっています。

こうした議論を日本で紹介したところ、あまり受け入れられませんでしたが、予防原則に関する議論についてはそこそこ反響がありました。予防原則とは「化学物質や新技術などが環境に対して重大な影響を及ぼす恐れがある場合、科学的な因果関係が不確実でもあらかじめ対策をとっておくべきだ」という考え方で、やはりドイツで先行して議論されていました。

予防原則について考えるうえで欠かせない日本の事例が水俣病です。1950年代から60年代にかけて、水俣湾の魚を食べた人たちが原因不明の神経疾患を発症しました。1959年には新日本窒素肥料(現・チッソ)水俣工場の排水に含まれた有機水銀が原因なのではないかという説が有力でした。しかしその時点では、それが断定できなかったため、国や熊本県は規制措置を講ずることなく、その結果被害が拡大し続けました。1959年の段階で対策していれば多くの人が苦しまずに済んだはずであり、予防原則の重要性が分かります。

土壌汚染対策法の問題点は責任の所在にある

近年は、土壌汚染対策法の問題点について研究してきました。土壌汚染対策法は「あるものが危険な状態にある場合は所有者が責任を取るべきだ」というドイツ発祥の状態責任原則という考え方に基づいて2002年に日本でつくられた法律で、「汚染された土地の責任は所有者が負うべきだ」という内容です。しかし、他人がその土地を汚染した場合はどうなのでしょうか。

そのような疑問のもと研究を進めると、ドイツでは1950年代から状態責任の考え方に修正を迫る議論がなされ、判例もそのような議論に対応していることが分かりました。汚染原因者の責任を優先的に問うことがあってもよいはずです。そこで次に原因者責任について研究することにしました。ここで突き当たったのが原因者とは誰かということでした。土壌汚染の原因となる廃棄物を捨てた人だけでなく、廃棄後の処理に困るものを製造販売した人も何らかの責任を負うべきなのかもしれません。どういう場合に誰に責任を問えるのか、責任を負わされても仕方がない事由とは何かを議論することが重要だと私は考えます。

若い人たちと日本の環境法制について考えたい

2019年にオランダ最高裁判所はオランダ政府に対し、2020年末までに温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減することを命ずる判決を下しました。また2021年には、ドイツ連邦憲法裁判所がドイツ政府の温室効果ガス排出削減政策は不十分で国民の基本権を侵害するものだという判断を示しました。

日本でも気候変動訴訟が起こされていますが、残念ながら日本の裁判所にドイツなどと同じような判決は期待できそうにありません。それはなぜでしょうか。また、日本の環境法制や訴訟制度に改善するべき点はないでしょうか。地球温暖化はまったなし。これからの時代を生きる若い人たちと一緒に考えていきたいです。

この一冊

『アメリカ・インディアン悲史』
(藤永 茂/著 朝日選書)

白人入植者がアメリカの先住民から土地を奪っていった非道な歴史がまとめられています。この本を読むと、白人はアメリカから出て行けと言いたくなるかもしれません。気候変動についても、産業革命を起こしたイギリスや、約40年前に世界一CO2を排出していたアメリカに責任を問うべきなのか。そういったことを考えるきっかけになる本です。

桑原 勇進

  • 法学部地球環境法学科 
    教授

東京大学法学部卒、同法学政治学研究科修士課程修了、同博士課程退学。東海大学法学部専任講師、同助教授、同大学法科大学院教授等を経て、2007年より現職。

地球環境法学科

※この記事の内容は、2025年9月時点のものです

上智大学 Sophia University