理工学部機能創造理工学科の酒井 志朗准教授が協力した研究グループの成果が、Nature Communications誌(現地時間7月14日)に掲載されました。
東京大学物性研究所の鄭 峻赫(ジョン・ジュンヒョク)大学院生(同大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程)、近藤猛准教授の研究グループは、東京理科大学先進工学部電子システム工学科の常盤和靖教授、上智大学理工学部機能創造理工学科の酒井志朗准教授、東京理科大学先進工学部物理工学科の遠山貴巳教授らの協力のもと、3層型銅酸化物高温超伝導体(注1)の電子状態を角度分解光電子分光(ARPES)(注2)により詳細に観測し、外側のCuO2面(注3)だけを高伝導な金属状態へ制御することで、結晶内部に原子層レベルの「金属シールド」を構築し、乱れから保護された理想的なCuO2超伝導面を初めて実現しました。
銅酸化物高温超伝導体では、電荷供給層(注4)からCuO2面へキャリア(電荷)が供給されることで超伝導が発現します。しかし同時に、電荷供給層に存在する原子レベルの乱れ(ディスオーダー)(注5)が、超伝導にとっての「ノイズ」としてCuO2面へ伝わり、本来の超伝導電子状態を乱してしまいます。これまで主に研究されてきた1層型および2層型銅酸化物では、すべてのCuO2面が電荷供給層と直に接しているため、この乱れの影響を避けることができませんでした。一方、3層型銅酸化物では、中央のCuO2面が外側のCuO2面に挟まれていますが、内側・外側のすべてのCuO2面が超伝導状態にあるため、層間で超伝導電子が混ざり合い、理想的なCuO2超伝導面を実現することはできませんでした。
本研究では、外側のCuO2面だけを高伝導な金属状態へ変化させ、外層を金属シールド、内層を超伝導とする原子層ごとの役割分担を実現しました。金属化した外層は電荷供給層から伝わる乱れを原子層レベルで遮断し、内側のCuO2超伝導面に理想的な電子環境を実現しました。その結果、超伝導コヒーレンス(注6)を飛躍的に向上させました。
本成果は、超伝導ケーブルで金属シールドが外部ノイズから超伝導を守る設計思想を結晶内部の原子層レベルへ応用した初めての成果です。これにより、高温超伝導研究に新しい材料設計指針を示すとともに、乱れの影響を受ける実験と理想系を仮定する理論との間に長年存在していた隔たりを埋め、実験と理論を同一の舞台で直接比較できる新たな研究基盤を築きました。本成果は、高温超伝導発現機構の解明を大きく前進させるとともに、より高性能な超伝導材料や新しい量子材料の設計へ道を拓くことが期待されます。
詳細は下記のプレスリリースをご覧ください。
(注1)銅酸化物高温超伝導体:
1986年にベドノルツとミューラーがLa-Ba-Cu-O系物質において高い超伝導転移温度を示す物質を発見したことを契機に、次々と高温で超伝導を示す銅酸化物が見つかりました。これらを総称して「銅酸化物高温超伝導体」と呼びます。現在もその超伝導発現機構は完全には解明されておらず、物性物理学における最も重要な研究課題の一つとなっています。超伝導を担うCuO2面の数によって分類され、単位胞中に1枚を含むものを1層型、2枚を含むものを2層型、3枚を含むものを3層型銅酸化物高温超伝導体と呼びます。
(注2)角度分解光電子分光(ARPES):
物質に光を照射すると、電子(光電子)が試料から真空中へ放出されます。その光電子の運動エネルギーと放出角度を測定することで、物質中の電子のエネルギーと運動量を直接観測し、電子構造を詳細に調べることができる実験手法です。超伝導コヒーレンスを反映した超伝導スペクトル、超伝導ギャップ、フェルミ面などを直接観測できることから、高温超伝導研究において最も重要な実験手法の一つです。
(注3)CuO₂面:
銅(Cu)と酸素(O)から構成される原子層で、銅酸化物高温超伝導体において超伝導を担う最も重要な層です。電荷供給層から供給されたキャリア(電子または正孔)がこの層を流れることで超伝導が発現します。
(注4)電荷供給層:
CuO2面へキャリア(電子または正孔)を供給する原子層です。超伝導の発現に不可欠である一方、元素置換や酸素欠陥によるランダムポテンシャルが原子レベルの乱れ(ディスオーダー)を生み出します。その乱れがCuO2面へ伝わることが、CuO2面本来の電子状態の解明を難しくしている要因の一つです。
(注5)原子レベルの乱れ(ディスオーダー):
結晶中の原子配列の乱れや欠陥、不純物などがつくるランダムポテンシャルによって生じる電子状態の乱れを指します。銅酸化物高温超伝導体では、電荷供給層に由来するディスオーダーが超伝導電子を乱す「ノイズ」として働き、超伝導本来の性質を妨げている可能性が長らく指摘されてきました。
(注6)超伝導コヒーレンス:
超伝導電子(クーパー対)が互いに位相を揃え、電子系全体が一つの大きな波のように振る舞う性質を指します。ディスオーダーが少ないほどコヒーレンスは向上し、角度分解光電子分光では超伝導スペクトルがより鋭く(シャープに)観測されます。
(注7)BEC的な超伝導状態:
電子対が空間的に強く束縛され、分子のように局在した状態で凝縮する超伝導状態を指します。通常の超伝導体を説明するBCS理論では、電子対は空間的に大きく広がり互いに重なり合っています。一方、BEC的超伝導状態では、電子対は小さく強く結びついており、ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)に近い性質を示します。BCS状態からBEC的な超伝導状態へ連続的に変化する現象は「BCS-BECクロスオーバー」と呼ばれ、高温超伝導体において実現しうるかが長年大きな課題となってきました。
HOME
記事一覧
ニュース
プレスリリース
原子層レベルの金属シールドで高温超電導から「ノイズ」をシャットアウト