河川や湿地の自然を破壊しない、持続可能な治水の方法を考える

地球環境学研究科地球環境学専攻
教授 
黄 光偉

ダムや堤防だけにたよらない、環境保全を軸にした新しい治水の考え方を研究、提案している地球環境学研究科の黄光偉教授。生態系が失われつつある今、河川や湿地を守り、洪水と共存していくことの重要性、現地調査にこだわる理由などについて語っています。

地球温暖化などの環境問題を解決し、持続可能な地球社会を構築するためのビジョンを研究する学問がサステナビリティ学です。私は水をテーマにこの分野を研究しています。とくに力を入れているのが治水と環境保全の両立で、川の氾濫による水害リスクをダムや堤防だけではなく、湿地など周囲の自然環境を利用して防ぐ取り組みに力を入れています。

湿地には雨が大量に降ったときに川からあふれる水をとどめる働きがあります。ところが多くの湿地は埋め立てられ、197-2015年の間に、世界の自然湿地の35%が消失したといわれています。

ダムや堤防で水量をコントロールした場合、生態系への悪影響は大きい。例えば川魚のアユは川床に生える藻類をエサにしています。流量変動が抑えられた川では、川底の土砂が流されずにたまるため、藻類は光合成ができなくなり、繁殖がストップしてしまう。結果、アユも減ってしまいます。

生態系の維持には一定規模の氾濫を許容する考え方も必要

サステナビリティ学の視点で考えると、洪水や川の氾濫は生態系には必要という言い方もできます。とはいえ、人間にとっては命や経済の損失につながるため、生態系を守りながら水害を防ぐ、新たな治水の方法が必要になるというわけです。私の研究はまさにこのためにあると考えています。

研究手法は現地調査と数値解析が中心で、生態系の維持と水害対策の課題を抱える国内外の地域が対象です。成果の一つがタイのチャオプラヤ川流域の研究。バンコクの中心を流れる大きな川で、流域には世界有数の稲作地帯や工業地域がありますが、生活排水のために汚染がひどい一方、過去には大規模洪水がたびたび発生しています。

3年にわたりこの川の水質の変化を研究したところ、雨季の前半は大量の降雨が川に汚濁物質を流入させている一方、雨季の後半では川が浄化されるという正反対の働きがあることが分かりました。また流域周辺には、人間の手の入っていない本来の自然が多く残っていました。そこで私たちはこうした研究結果を河川管理者に提出し、新しい堤防などを作るのではなく、流域の寺院を防災拠点として避難対策を徹底するなど、生態系を守りながら行う水害対策を提案しました。

研究成果は数十年後の未来に貢献できればいい

研究のポリシーとしては、できるだけ困難な課題を見つけると同時に、課題解決の方法までを提案することにこだわっています。現場調査に行くのもこのためで、これまで北海道・サロベツ湿地、網走湖、北関東の渡良瀬遊水地、千葉の手賀沼、新潟の佐潟、加茂湖など生態系の維持に課題がある場所の調査も数多く行ってきました。調査の際は住民の方々とも積極的に話をします。会話の中から新たな研究テーマが見つかることも少なくありません。研究の面白さは課題の原因が明らかになり、その解決法が明確になった瞬間です。自分へのご褒美と思えるほど、うれしいですね。

メリハリのある治水は中国では長江上流などで、すでに実施されています。多くの国では法律の問題などもあり、すぐに実現することは難しいといわれますが、数十年後には理解が広がっていると信じています。時間を経てそのよさを分かってもらえるワインのようなものかもしれません。そのような研究があってもいいと思います。未来の社会貢献につながることを信じて邁進していきます。

この一冊

『日本列島改造論』
(田中角榮/著 日刊工業新聞社)

著者は高速道路と新幹線の整備など日本列島改造論を実行した政治家です。大学院時代にこの本に出合い、徹底してやり抜く実行力に大いに刺激を受けました。逮捕・収監されるなど晩年は影の部分も多かった政治家ですが、その生きざまには見習うべき点があると考えています。

黄 光偉

  • 地球環境学研究科地球環境学専攻
    教授

復旦大学数学学部卒、東京大学工学系研究科博士後期課程修了。博士(工学)。金沢大学工学部准教授、新潟大学工学部准教授。東京大学新領域創成科学研究科准教授、政策大学院大学教授などを経て、2011年より現職。

地球環境学専攻

※この記事の内容は、2023年9月時点のものです

上智大学 Sophia University