あらゆるものが通信でつながる未来を見据え、柔軟な発想でデータを解析

理工学部の矢入郁子教授の専門は知能情報学。脳情報デコーディングや環境メタゲノムなどの複雑系データ解析への機械学習アルゴリズムの適用を通して、情報通信の未来を切り拓く「面白く、役に立つ」研究に取り組んでいます。

機械学習アルゴリズムを用いて、人体や生態系など複数の要素が相互に絡みあう「複雑系」のデータを解析しています。コンピュータサイエンスのなかでも、ノイズだらけで個人差・地点差の大きい、扱いが難しいデータを敢えて扱う点が、研究の独自性と言えます。現在の研究テーマは、脳波を用いたさまざまな感情認識、河川表層水と湿原土壌中のバクテリアDNAのメタゲノム解析、強化学習を用いた自動設計技術、宇宙光通信など多岐に渡っています。

通信技術の進歩により大量の文字・画像データ収集が可能になり、自然言語や画像の分野では人間を超える精度で認識可能な深層学習モデルが数多く存在します。それに対して脳波やメタゲノムなどの複雑系データは、データ収集にかかるコストが大きく、大規模データの整備や深層学習モデルの適用も進んでいません。深層学習モデルの実装を目的として、脳波実験や環境微生物DNA収集を実践している研究者はごく少数です。日々試行錯誤の連続ですが、困難な研究だからこそ面白さとやりがいを感じています。 

点と点をつなぎ合わせ、隠されている事象を予測する

コンピュータサイエンスの魅力は、事実の解明という自然科学の専門家の研究アプローチを尊重しつつ、まったく異なる視点から新たな可能性を探究する発想の自由度にあります。例えばメタゲノム研究では、川の上流と下流の採取データから微生物の種の変遷の事実を明らかにすることが生物学の研究目標です。一方でコンピュータサイエンスでは、複数の事実をつなぎ合わせて「この地点で何かが起きているのでは?」と推理し、アルゴリズムやシミュレーションといった統計学的処理によってその謎を解くことも研究テーマとすることができます。他の川のデータもつなぎ合わせて、時系列も広げて点を線に、線を面にしていく研究アプローチは、とても創造性にあふれているように私には見えます。

機械学習アルゴリズムの中でも深層学習は、実社会の幅広い分野に応用できます。脳波で人の好みや心の動きが分かればマーケティングへの活用が期待でき、メタゲノムデータから土や水の健康度や特異性が分かれば農業や環境再生への応用が可能です。大気状態によるレーザーの減衰を予測し、宇宙と地上の間のネットワーク最適化モデルの構築を目指すなど、これからも特色ある研究活動に取り組んでいきたいです。 

コンピュータ科学と通信技術の融合に貢献したい

さまざまなモノが通信によって相互につながることでAIのブレイクスルーは実現しました。現在ではAIを活用した通信技術の開発も進んでいます。通信技術なくしてAIの進化はなく、AIなくして通信技術とその広い応用分野の発展もあり得ません。私は省庁の通信系の審議会等に委員として参加させていただいていますが、今後も通信技術とAIはともに発展し、相乗効果で次々に「面白いこと」が起きることを期待しています。20~30年後には、誰もが簡易に脳波を測定できるデバイスが日常的に使われ、環境や生体内の微生物DNAビッグデータ解析が普通の技術となり、健康・農業・環境保護などのさまざまなサービスが通信アプリケーションとして実用化されている可能性もあるでしょう。

あらゆるものが通信でつながった社会で、どのようにデータを扱い、いかに社会に役立つ価値やサービスを生み出していけるか。そのためにはコンピュータサイエンスと通信技術の融合が不可欠です。両者をつなぐ橋渡し役となり、端緒を開くような研究を今後も続けていきたいと思います。

この一冊

『大暴落1929』
(ジョン・K・ガルブレイス/著 村井章子/訳 日経BP社)

写真はThe Great Crash, 1929(1955)の2008年邦訳版です。学生時代に図書館で古い邦訳版を読みましたが、リーマン・ショック後にこの新版を手に取り、改めて衝撃を受けました。情報通信技術の発展による経済危機の阻止・回避への使命感を再確認しました。

矢入 郁子

  • 理工学部情報理工学科
    教授

東京大学工学部産業機械工学科卒、同大学院工学系研究科産業機械工学専攻修士課程および機械工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信系の国立研究所である情報通信研究機構、上智大学理工学部准教授などを経て、2023年より現職。AI学会元理事。

情報理工学科

※この記事の内容は、2023年8月時点のものです

上智大学 Sophia University