ロシア語の接頭辞・接尾辞に着目し、効果的な語彙学習につなげる実証研究

外国語学部ロシア語学科
准教授
佐山 豪太

外国語学部の佐山豪太准教授の専門はロシア語学。ロシア語の理論研究と並行して、現在は応用言語学の観点から、効果的な語彙学習についての実証研究に取り組んでいます。

外国語の習得には、そのベースとなる語彙学習が欠かせません。ただ、ロシア語は動詞や名詞の変化が英語よりも複雑で、日本人にとってその習得は容易ではありません。どうしても語の「形」の学習に時間がとられるため、なかなか語彙の学習へ手が回らなくなってしまいます。教員としてロシア語を学ぶ学生と関わるなかで、語彙不足が彼らの高次の学習活動を妨げている現状を知り、語形成や形態論など、言語学の知識を語彙学習に応用できないかと感じたことが研究の出発点でした。

ロシア語は、語に接辞(接頭辞・接尾辞など)が付くことで、新しい語が形成されるという特徴の強い言語です。例えば、-тельという接尾辞は「~する人」という意味を持っており、動詞の「教える」に付くと「教える人 → 先生」、「書く」に付けば「書く人 → 作家」という語が形成されます。こうした語形成の知識を有していれば、未知語の意味を推測できるだけではなく、記憶定着を強化して効果的に語彙力を増やしていくことができると考えられます。

語の構造を分析して語彙力を増やす

語の構造に注目して意味の推測や記憶定着をはかる試みは、語彙学習ストラテジーと呼ばれる手法の一つで、理論的に有効だと考えられています。ただ、これまでにロシア語での実践的な研究は行われておらず、現在、実証実験に取り組んでいます。研究を通して見えてきたのは、語形成のタイプによって、このストラテジーが使える場合と使えない場合があること。これがロシア語の語彙学習を難しくしています。

例えば、играть「プレーする、遊ぶ」という動詞に、「外へ」を意味する接頭辞вы-が付くと、выигратьという派生語ができますが、この意味は何になるでしょう。答えは「獲得する」です。この接頭辞の意味として、多くの場合「外へ」しか扱いませんが、実は他にも意味が存在しており、その意味でигратьに付いていると考えられます。このように日本人学習者には推測困難なパターンも存在します。私は「意味の透明性」と呼んでいますが、接頭辞+元の語による意味の推測精度には差があり、語彙学習への効果をより細かく分析していく必要があると感じています。

習得が難しいからこそ、ロシア語学習は面白い

そもそもロシア語には接辞の付いた派生語が多く、ある研究によると、接辞の数は英語の数倍になるとのことです。語彙学習にかかる負担の大きさはロシア語習得を難しくしている要因の一つですが、視点を変えれば、その分だけ挑戦しがいのある学問分野だと言えます。また研究を通じて、その国の文化への理解を深められることも言語学の魅力です。歴史や民族性などにも興味を広げることで、語彙の習得はより面白いものになります。

外国語学習は自分の世界観を広げることに他なりません。私自身も大学卒業後は自動車メーカーに就職し、学部時代に学んだ知識を生かしてロシアやスラヴ語圏の国々に赴任した経験を重ねたことが研究者としての現在につながっています。将来どの分野に進路を切り拓くことになっても、外国語の語彙力は必ず役に立ちます。そのためにも、意味の推測と記憶定着に効果的な学習法を検討して、実証研究の着地点を見つけることが研究者としての現在の目標です。日本語を母語とする自分にしか気づけない着眼点があると信じ、ロシア語に興味を持つ人たちをサポートする効果的な語彙学習法を見つけたいと思います。

この一冊

『Частотный словарь современного русского языка』
(О.Н. Лишевская, С.А. Шаpов/著 Азбуковник)

院生時代に、モスクワのロシア語研究所で指導を受けたオリガ・リャセフスカヤ教授がまとめたロシア語の頻度事典。分野別によく使われる語が細かく分類されており、基礎的な理論研究はもちろん、現在の実証研究にも欠かせない一冊として常に手元に置いています。

佐山 豪太

  • 外国語学部ロシア語学科
    准教授

上智大学外国語学部ロシア語学科卒、東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士前期課程言語文化専攻言語・情報学研究コース、同総合国際学研究科博士後期課程言語文化専攻修了。2018年より現職。2015年-2016年ロシア科学アカデミーV.V.ヴィノグラードフ名称ロシア語研究所。

ロシア語学科

※この記事の内容は、2023年7月時点のものです

上智大学 Sophia University