低温物性物理学が専門の理工学部の後藤貴行教授は、NMR(核磁気共鳴)を使い、超伝導を凌ぐインパクトを持つ未知の電子の状態の発見を目指しています。絶対零度近くの極低温の金属の内部を「見る」研究の魅力とは?
水を冷やすと氷になりますが、それは運動エネルギーを失った水分子が秩序を持ち、整列する現象です。どんな物質も温度を下げれば下げるほど動きが遅くなり、最終的に絶対零度で完全に停止すると考えられています。それが熱力学第3法則の帰結です。
私が主に研究しているのは、絶対零度近くの低温で、金属がどんな振る舞いをするかという問題です。とくに注目しているのは金属の中の電子のスピンです。スピンは電子がコマのように自転する現象として一般にイメージされることもありますが、その正体は純粋に量子力学的な現象です。いずれのケースでも、電子が一種のミクロな磁石として振る舞うのが特徴の一つで、高温ではその磁石の向きがバラバラです。しかし熱力学第3法則によれば絶対零度近くの低温ではスピンも整列すると考えられています。
スピンの状態は人間の食欲と似ている
ところが、電子の並び方によってはいくら温度を下げても安定な状態に落ち着かず、整列しないことがあります。正三角形の各頂点に電子を置くと、3つのうち2つは逆向き(反平行)で安定しますが、残る1つの向きが定まりません。このように「選択肢が複数ある状態」を専門用語でフラストレーションと言います。
欲求不満の意味で使われるフラストレーションも、たとえば食欲という行為の場合、「たくさん食べて快感を得る」と「食べ過ぎてお腹を壊す(病気になる)」という2つの選択肢のどちらを選んでいいかわからず困っている状態と考えられます。その意味で、両者には共通点がある。
フラストレーションを解消する手段も似ています。一つは妥協。どれかを選ぶのではなく、中間的な状態で我慢することです。電子のスピンの場合では、逆向きではなく、3つの電子がお互いに120度の角をなして外を向いている状態。食欲で言えば、たくさん食べるのを我慢することです。他にも、半分のスピンはある方向を向いて、もう半分は反対方向を向く棲み分け(相分離)、いつまでもフラフラと動き続けるゆらぎなどもあります。
NMRを使い、未知のスピン状態を見つけたい
金属を低温にすると奇妙な現象が現れます。電気抵抗がゼロになる超伝導はその一つです。私は、電子スピンのフラストレーションを詳しく調べることで、新たなスピンの状態を発見できるのではないかと期待しています。
研究に用いているのはNMR(核磁気スピン共鳴)という実験方法です。NMRでは金属に弱い電磁波を照射することで、金属の中で電子が作る磁場や電場を直接「見る」ことができます。ただし顕微鏡のように内部の様子が視覚的にわかるわけではありません。NMRの装置から出力されるのは、磁場や電場の分布です。この分布が何を意味しているのかを謎解きするところに研究の醍醐味を感じます。
元々ラジオ少年で、小さい頃から何でも自分で作らないと気が済まない性格でした。今でも、新しいことを思いついたら、とにかく自分で手を動かして作らないと気が済まないところがあります。
未知のスピンの状態を見つけるのは簡単ではありません。それに、見つけたからといって、それが何かの役に立つかはわかりません。しかし、超伝導も発見されてから実用化されるまでに100年程度かかっているので、すぐに役に立たないからといって意味がないとも言えないでしょう。NMRを使って、誰も見たことのないスピンの状態を見つけるのが私の夢です。
この一冊
『力学』
(ランダウ=リフシッツ/著 東京図書)
大学1年生の時、サークルの先輩に勧められました。書き出しは平易ですが、何週間も悩まないとわからない箇所がいくつもあります。その壁を乗り越えるたびに地平が広がる喜びがありました。研究者の心得を教えてくれた本です。
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後藤 貴行
- 理工学部機能創造理工学科
教授
- 理工学部機能創造理工学科
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東京大学理学部物理学科卒。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修了(理学博士)。東北大学金属材料研究所、上智大学理工学部物理学科助教授を経て、2006年より現職。
- 機能創造理工学科
※この記事の内容は、2022年6月時点のものです