身の回りの化学物質が動植物や自然に与える影響を数値化する

地球環境学研究科地球環境学専攻
教授 
田中 嘉成

化学物質が生態系におよぼす影響を数値や数量で明らかにする方法を研究している、地球環境学研究科の田中嘉成教授。食物連鎖への影響など、種の異なる生物同士の作用を考慮してその危険性を評価することの重要性について、語っています。

シャンプーや台所洗剤、液晶パネル材料やプリンター用インクなど、私たちの身の回りには数えきれないほどの化学物質が存在しています。化学物質は人の健康や生態系に悪影響をおよぼす可能性があり、人間、生態系それぞれについて、どのくらいの量が問題になるか、どのような影響が生じるかを研究する学問があります。私の研究もその一つで、生態系をターゲットにそのリスクを数値化する取り組みを行っています。専門的には生態学や環境毒性学といわれるものです。

この分野の研究者には特定の種や生物にターゲットをしぼり、フィールドでの調査や実験でデータを収集するタイプと、データを分析し、数値化するタイプに分かれます。私は後者で生態系に関連する世界中のデータから、より正確かつ効率的にリスクを評価できると考えられるものを選び、コンピューター解析によって理論を構築します。フィールドの研究者とはやっていることがかなり違いますが、研究の発展にはどちらも欠かせないものであり、互いが刺激し合うことが大事だと考えています。

生物同士の相互作用の影響を考えて研究することが重要

現在、国では新しい化学物質ができると、藻類やミジンコ類、魚などの水生生物にこれを曝露させて、その影響を評価しています。私はこうしたデータを生かしながら、さらに生物同士が互いにおよぼす影響を加味したリスクの評価法を検討してきました。

なぜ生物同士の影響を考慮することが大事なのか。生物は種によってその役割が違います。例えばミジンコ類などの1次消費者は藻類を食べるだけでなく、自らが捕食者の餌となって物質の循環を支えています。いわゆる食物連鎖です。化学物質の影響で藻類が減るとミジンコ類も減り、さらに捕食者の魚も減ってしまいます。また、繁殖の仕方や成長速度、寿命も種によって違います。これらのデータも合わせて分析をしていくと、生態系への影響をより正確にとらえることができます。

こうした研究成果の一つは、「A-TERAM」という評価法として公表しています。必要なデータを入れるとリスクが数値化されるソフトで、ネット上で無料公開しています。研究以外では国の化学物質の審査や規制に関わる委員会などに参加し、学術面からのサポートを行いました。今後はさらに研究を重ね、政府の環境政策に取り入れてもらえるような評価法を作ることが目標です。

サルの行動などから社会性と進化の関係を探る研究も

生態系は私たち人類に豊かな水や空気、農作物や水産物などの食物、さらには癒しまで多くのものを与えてくれます。生態系のバランスが崩れることは、こうした恩恵を受けられなくなることを意味します。このように貴重な生態系を守るためにも研究を発展させていきたいと考えています。また、後進を育てることにも注力していますが、近年はこの分野に興味を持つ人も増えており、頼もしく感じています。

生物学者としては「生物の社会進化理論」という基礎研究も並行して行っています。社会性の進化が生物の進化に影響しているのではないかという視点で考察を進めています。社会性の一例として、集団の中では劣位のサルが自らの攻撃性を抑えて、優位のサルに服従することなどがあります。探れば探るほど興味深い世界です。研究がまとまったら、多くの人に読んでもらえるよう本として出版することを目標にしています。

この一冊

『種の起源』
(ダーウィン著 、 八杉 龍一 訳 岩波書店)

生態学に興味を持ち始めた20歳の頃、この本に出合いました。野生の生物だけでなく、飼育した動物や栽培植物までを対象に、一つ一つ実験を重ねた上で生物の進化が論じられていました。論理が明快で、読後感が非常に爽快だったことを今でも覚えています。

田中 嘉成

  • 地球環境学研究科地球環境学専攻
    教授 

名古屋大学農学部農学科卒、同農学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。中央大学経済学部教授、国立環境研究所環境リスク研究センター室長などを経て、2016年より現職。

地球環境学専攻

※この記事の内容は、2023年7月時点のものです

上智大学 Sophia University