オーストリア文学を日本に広めたい。ドイツを超えたドイツ語文学とは

文学部ドイツ文学科
教授
クリスティアン・ツェムザウアー

文学部のクリスティアン・ツェムザウアー教授は、オーストリアの作家を中心に近代ドイツ文学を研究しています。複数中心地言語であるドイツ語はオーストリアを含むいくつかの国で話され、それぞれの地域で独自の文学が発展してきました。ツェムザウアー教授は日本でのオーストリア文学の普及を目指しています。

私の研究分野は近代ドイツ文学で、20世紀前半、とりわけ第一次世界大戦から第二次世界大戦までの戦間期の文学が専門です。ドイツ文学の中では、オーストリアの文学に重点を置いています。

私は大学の卒業論文で、『人類最期の日々』を著したユダヤ系オーストリア人作家、カール・クラウスについて研究しました。彼は風刺的な評論雑誌を発行したことで知られ、30年以上にわたって新聞の分析を行い、社会やプロパガンダへの批判を続けました。

博士論文では、クラウス同様にユダヤ系オーストリア人で、『生まれぬ者たちの星』の著者として知られるフランツ・ヴェルフェルの研究に取り組みました。未来を舞台にしたこの作品は、ユートピア小説とディストピア小説の融合とも言えるもので、新たに生み出された多種多様なSF用語が登場します。私はこれらの造語の成り立ちや意味を分析しました。

私は複数中心地言語としてのドイツ語に関心を持っています。複数中心地言語とは、複数の国や地域で使用され、それぞれの国や地域に標準変種が形成された言語のことです。これらの標準変種は等しく価値を認められ、その地域における標準語として扱われるべきものです。

標準変種は方言とは異なり、文化的、歴史的、社会学的影響を受けて発達してきたため、地域ごとに明確な違いが生まれています。ドイツ語はドイツ、スイス、オーストリアなど複数の国で話されていますが、それぞれに標準変種があります。第二次世界大戦後、オーストリアはドイツとは異なる独自のアイデンティティを形成し、初のオーストリア・ドイツ語辞書の刊行、オーストリア人作家への文学賞の創設、オーストリア・ドイツ語検定の開始など、制度上の取り組みを進めてきました。

私は日本でのオーストリア文学の普及に努めており、「ドイツ文学とはドイツ生まれの文学を指す」という一般的な認識を超えた、オーストリア文学の理解や評価の向上を目指しています。オーストリア文学はドイツ語文学に属します。しかし、ドイツ語圏の各国の歴史、政治、伝統的背景の違いを考えれば、文学で探究されるテーマも当然ながらそれぞれ異なるのです。

オーストリア文学の独自性を明らかにし、日本人のドイツ文学に対する見方を豊かにすることが、私の目標です。毎年、オーストリア現代文学のシンポジウムが日本で開催されています。私はこのイベントの運営に携わり、オーストリア文学についての研究発表も行っています。

ドイツ語話者が抱く日本の印象を、本や映画から探る

このほか、日本とドイツ語圏の異文化間研究にも取り組んでおり、ドイツ語圏の著作や映画の中で日本がどのように描かれているかを調査しています。ドイツ語話者が抱く日本の印象を理解し、日本を舞台にした数々の劇中で特徴的に描かれる日本への強い興味を分析したいと思っています。

このような日本への興味のルーツは19世紀後半にまでさかのぼります。当時、ヨーロッパで開催された万国博覧会に日本が参加したことで、グスタフ・クリムトをはじめとするオーストリアの芸術家の間で日本への関心が急速に高まったのです。

1980年代から1990年代の現代作品を分析すると、特にアニメやコスプレなどに惹かれる若い世代の間で、日本文化への関心の高まりが認められます。ドイツ語圏では漫画の人気が上昇しており、日本の漫画をドイツ語に翻訳することは異文化交流の一つと言えるでしょう。

ドイツと日本の視覚詩を研究する

私の最近の研究では、ビジュアル・ポエトリー(視覚詩)、特にコンクリート・ポエトリー(具体詩)を扱っています。これは読む詩ではなく、見て理解するために作られた芸術形式です。このユニークなジャンルでは視覚的要素と文字を組み合わせるため、テキストの空間構成や配置が言葉そのものと同じく重要です。視覚詩は斬新なレイアウトやタイポグラフィ(文字デザイン)、視覚芸術を使って意味を伝えるので、見る者の感覚に強く訴えつつも、容易に理解できるものとなっています。

この分野の中でも、とりわけドイツと日本の詩人を研究し、両国で開催される展覧会などに見られる文化交流を調べています。視覚詩の翻訳は非常に難しく、言語の変換だけでなく、元の作品を注意深く解釈し置き換える必要があります。私は、異なる言語体系の間で視覚詩が果たす役割に興味を持っており、各言語のニュアンスを捉えた上で元の作品がどう変換されるか、その言語科学に注目しています。

ドイツ語を学び始めた日本の学生たちに対しては、異文化に触れる機会を与え、ドイツ語圏をはじめとする海外留学への興味を育てることが、私の目指す道です。言語と文化的知識の両方を習得すれば、学問的にも人間的にも、学生たちの成長に間違いなく役立つことでしょう。

この一冊

『Verstörung(邦題:昏乱)』
(Thomas Bernhard/著 Suhrkamp Verlag)

著者は20世紀後半のオーストリア人作家で、山村に暮らす医師と息子の、さまざまな患者との出会いを描いた小説です。患者の一人に、人生への不満をぶちまける孤独で厭世的な侯爵がいますが、彼の長いモノローグには著者独特の文体が発揮され、あまりに悲観的で滑稽とさえ言えるほどです。

クリスティアン・ツェムザウアー

  • 文学部ドイツ文学科
    教授

ウィーン大学にて博士号(ドイツ文学)を取得。2005~2008年には、交流プログラムを通じて上智大学に勤務、複数の学科で講師を務めた。2012年より文学部ドイツ文学科で教鞭を取る。

ドイツ文学科

※この記事の内容は、2023年12月時点のものです

上智大学 Sophia University