人種差別を個人の問題と捉えるのではなく、社会構造からアプローチする

外国語学部英語学科 
教授 
坂下 史子

アフリカ系アメリカ人の歴史と文化を研究する外国語学部の坂下史子教授。なかでも20世紀以降に頻発した人種暴力や、その原因となる社会構造上の問題に光を当て、現代にどう継承されてきたのかに関心を寄せています。

2020年の夏、アメリカでブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動と呼ばれる抗議デモが巻き起こりました。発端は、黒人男性のジョージ・フロイド氏が白人警察官に殺害された事件です。コロナ禍にもかかわらず、抗議デモはアメリカ国内だけではなく、日本を含む世界中に拡大しました。

BLMとは、「黒人の命と暮らしは大切だ」という意味です。2012年に高校生のトレイヴォン・マーティン少年が射殺されるという同様の事件が起き、翌年、射殺犯に無罪評決が出た際、ソーシャルメディアで#blacklivesmatterのハッシュタグとともに、怒りの声が世界中に拡散されました。しかし人々がBLM運動で訴えていたのは、黒人に対する暴力や殺人、白人警官への怒りだけではありませんでした。その背後にあるさまざまな格差の問題に対して声をあげたのです。

奴隷制の時代から現在に至る不平等に目を向ける

人種差別というと、どうしても個人の偏見や差別意識の問題になりがちです。「黒人を殺した警察官が悪い」と。しかし、似たような暴力はアメリカで繰り返し起きています。そこには個人レベルで意識を変えるだけでは解決できない制度的な問題が存在するはずです。

アフリカ系アメリカ人の歴史は奴隷貿易から始まります。かれらは奴隷としてアメリカに運ばれ、労働力を搾取され、自由を奪われてきました。奴隷制が廃止されても人種隔離という別の制度が立ち上がり、黒人の暮らしを統制し続けました。このような制度的差別の歴史的遺産が、現在の人種間の格差や不平等につながっているのです。

人種隔離の時代には黒人を標的としたリンチと呼ばれる人種暴力も多発しました。白人至上主義という既存の社会構造を維持・強化するために行使されたリンチと、こうした人種暴力に対する抗議運動を見ていくと、現代のBLM運動と地続きの問題があることが分かります。

警察官による黒人への暴力は、あくまで氷山の一角です。歴史や文化や経済などあらゆる観点で差別の問題を見ることで、問題の解像度が上がっていくのです。

ブラックフェイスはなぜ問題視されるのか

人種ステレオタイプなど、文化事象に現れる問題にも関心があります。たとえば「ブラックフェイス」という、黒人以外の人種が顔を黒塗りすることは、黒人への差別と捉えられます。日本でも、歌手やタレントが顔を黒く塗って問題になったことが何度もあります。そんなとき必ず「悪意はないのに」「神経質になりすぎる」という声が上がりますが、本当にそうでしょうか。

ブラックフェイスの問題についても、歴史的背景を考える必要があります。ステレオタイプの黒人の顔が新聞の風刺画や大衆芸能の中に登場した時期を調べると、当時の為政者たちが奴隷制の正当化をはかったり、人種隔離の仕組みを守ろうとしたりした時期と重なることが分かります。一見すると単なる偏見と見えるものでも、構造的な問題を抱えていることを知ることが重要です。

2020年のBLM運動のとき、NHKのある番組がデモの背景をCGアニメ動画にして放映しました。そこに登場する黒人男性は筋骨隆々で激昂しやすい人物として描かれており、私を含むアメリカ研究者13名でNHKに要望書を送り、抗議しました。以来、一般の人々が気づきにくい人種差別の問題点を指摘して広く説明していくことも、私たち研究者の責任だと思っています。

この一冊

『ちびくろ・さんぼ』
(ヘレン・バンナーマン/著 フランク・トビアス/絵 岩波書店)

差別的であるとされ1988年に絶版になった本です(2005年復刊)。幼い頃トラがバターになるという奇想天外な物語が大好きだった私は、直前にあわてて買い直しました。差別に無自覚だった当時の行動は、人種差別の研究者となった私の原点とも言えます。

坂下 史子

  • 外国語学部英語学科 
    教授

神戸女学院大学文学部英文学科卒、同志社大学大学院アメリカ研究科博士前期課程、ミシガン州立大学大学院文芸研究科博士後期課程修了。Ph.D.(American Studies)。関西外国語大学外国語学部講師、立命館大学文学部准教授などを経て、2024年より現職。

英語学科

※この記事の内容は、2024年5月時点のものです

上智大学 Sophia University