現代の社会問題の根底にある、美学と政治の関係とは

外国語学部フランス語学科
教授
エルヴェ・クーショ

哲学を専門とし、美学と政治の関係を探究する外国語学部のエルヴェ・クーショ教授。日常生活や教室でのやりとりから生まれる疑問を、美学的および政治的視点から掘り下げます。夜の本質や過剰な照明、動物や昆虫との共存など、現在の研究について語っています。

私の研究の根源的テーマは、美学と政治の関係です。19世紀ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェをはじめ、著名な学者たちによって探究されてきたテーマで、その意義は今なお色褪せていません。私はこのテーマに関連する問題を日々の生活の中に見出し、研究対象にしています。

例えば、私のゼミで扱う題材の一つに「夜の本質」があります。これは美学と政治が絡み合うテーマです。夜には光の欠如がもたらす美的次元があり、どのような照明を選ぶかは重要な美的考察と言えます。また、夜は民主主義にとって政治的意味を持ちます。政治集会や政治運動がよく暗闇の中で行われるのは、話し手の顔や表情が見えにくいことで、表現の自由度が増すためです。聞き手は話し手から視覚的情報が得られないので、一心に耳を傾けざるを得ません。昼間と違い、騒音や邪魔が入らないので演説に集中でき、より有意義な議論が可能になります。

過剰照明で生態系や星空、民主主義も損なわれる

現在取り組んでいる研究では、美学と政治を内包する「照明」の問題を扱っています。照明の過度な使用という美的問題は、職場や学校、街中など至るところで見られ、光害(ひかりがい)の原因としてさまざまな事態を引き起こしています。都市部の照明で昆虫が大量死し、それが食物連鎖の崩壊や生態系への広範な被害につながります。さらに、過剰な照明は星の光を遮り、鳥類の季節移動にも悪影響を及ぼすのです。

照明はさまざまな点で政治にも影響します。まず、照明による電力需要の増加は、原子力発電所を今後どうするのかという問題提起につながります。次に、氾濫する照明は全体主義の兆候とも言えます。絶え間ない照明の下では、個人やコミュニティーのあらゆる側面があらわになり、プライバシーが奪われるからです。さらに、過剰な照明は、人々が広大な宇宙との一体感を養うのに必要とする、星空を享受する権利を侵害します。一方、少ない照明は自由と民主主義の原則を象徴し、秘密の保護や親密性の維持に寄与します。

ここで重要なのは、照明自体に問題はないと知ることです。問題は光の快楽、つまり、均衡の取れた暮らしから逸脱する強烈な感覚体験の追求にあるのです。過剰な照明はこの快楽主義が具現化したものと言えます。古代ギリシャの哲学者プラトンの「洞窟の比喩」が示唆するように、過剰な光が持つ圧倒的な影響から自分自身を守るには、暗さが重要なのです。

2011年の東日本大震災の後、日本政府は大規模な節電を実施し、電力使用量の一時的な削減を実現しました。これは少ない電力で暮らす未来の可能性を示してくれました。今後は照明を減らし、消費電力を抑え、十分な睡眠を優先することを、重要項目として考慮していくべきでしょう。

動物や昆虫の権利と領域を尊重し、共存を目指す

ほかにも、動物や昆虫の権利と責任について研究しています。歴史的文献によると、10~18世紀のヨーロッパでは、動物や昆虫が裁判で殺人罪や農作物を荒らした罪に問われたとあります。これらの裁判は人間の法的手続きに沿って行われ、被告の動物の法定代理人が法廷で弁護にあたりました。ある特筆すべき事例では、昆虫が家畜や農場に損害を与え、人間の食糧難を招いたとして裁判にかけられました。判決は、昆虫が人間と離れて生息できるよう指定地を割り当てるというもので、人間の領域に侵入したのは昆虫の食糧不足が原因だったと認めました。この判決により、人間と昆虫の相互尊重や境界の重要性が浮き彫りになったのです。

現代を生きる私たちも同様の問題に直面しています。動物や昆虫が人間の生活圏に侵入し、人身事故や農業被害が相次ぐ昨今、このような史実は変わらぬ重要性を持っています。自然を守り共生していくために、動物や昆虫の生息地を保護すると同時に、私たち人間の責任を見直すことが極めて重要です。

日常生活や教室、研究テーマは至るところに

私の研究は、探究心を駆り立てられるような、興味深い問いとの出会いから始まります。例えば照明への興味は、「なぜ、夜にこの近所で暗いのは、我が家だけなのだろう」と不思議に思ったのが出発点でした。この最初の好奇心が、照明に関わるさまざまな側面の研究に発展しました。

教室での学生たちとのやりとりからも、自分では考えもしなかった示唆に富んだ問いが生まれます。ゼミを通じて学生たちは研究テーマを見つけますが、私もまた潜在的な研究分野に触れることができます。教えることは、私自身の研究を形づくる上でも重要な役割を果たしているのです。

この一冊

『24/7: Le capitalisme à l’assaut du sommeil(邦題:24/7 眠らない社会)』
(Jonathan Crary/著 La Découverte)

美術史家で哲学者でもある著者が、現代社会における絶え間ない労働と、そこから生じる社会問題を論じています。労働と夜の関係のほか、学生たちが自分の生活に重ね合わせて実感できる問題も出てきます。原書は英語。日本語やフランス語のほか、さまざまな言語に翻訳されています。

エルヴェ・クーショ

  • 外国語学部フランス語学科
    教授

パリ第一大学にて哲学の高度研究課程証書(DEA)および修士号を取得。東京外国語大学で3年、東京大学で7年勤務したのち、2008年に上智大学着任。

フランス語学科

※この記事の内容は、2023年6月時点のものです

上智大学 Sophia University