消費者の感覚に訴える新しい視点。感覚マーケティングが導くエシカルな選択

マーケティング戦略や消費者行動論が専門の経済学部の外川拓准教授は、人の五感に訴えかける「感覚マーケティング」について研究しています。消費者にエシカルな選択を促す、SDGsの視点も踏まえた新時代のマーケティングとは?

ある人が街を歩いている途中、カフェに入りコーヒーを買い求めた――そんな場面を想像してみてください。その人はなぜ、そのカフェでコーヒーを買ったのでしょうか? もしかすると、カフェから漂ってきたコーヒーの香りに誘われたのかもしれないし、カフェのおしゃれな内装に惹かれ、一息入れたくなったのかもしれません。「コーヒーを買う」という行動は同じでも、その背後にある理由はさまざまなのです。

私が研究しているのは、人間の視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚、いわゆる五感への訴求が「何かを買う」という行動に与える影響です。内容的にはマーケティング研究にあたり、五感に訴えかけるマーケティングという意味で「感覚マーケティング」と呼ばれることもあります。先ほどのコーヒーの例を感覚マーケティングの視点から分析すれば、コーヒーの香りが嗅覚に訴えかけたこと、おしゃれなインテリアが視覚に訴えかけたことがコーヒーの購入につながった、と考えることができます。

パッケージデザインで変わる消費者の行動

最近は、五感の経験が与える「無自覚的な効果」にも注目しています。無自覚的な効果というのは、意識的に何かを行おうとするのではなく、消費者自身も気づかずに判断や行動が変化することを指します。海外の研究者が行った有名な実験では、製品写真が上の方に配置されたパッケージよりも、下の方に配置されたパッケージの方が「重そう」という印象を与えることが明らかになっています。実際に持ってみて「重い」と判断するのではなく、パッケージを見ただけで無意識のうちに「重そうだ」と感じるのです。

さらに私が行なった実験では、製品写真が下の方に配置されたお菓子のパッケージは、味の「重さ」、つまり濃厚感を高める傾向があること、その結果、食べる量が減少することも分かりました。これも無自覚的な効果です。商品開発に携わる企業の人たちは、以前からこういったことを経験則的に理解し、パッケージデザインや広告制作にいかしてきました。私たち研究者の役割は、現場の経験則や知恵のなかから原理原則を見つけ出し、科学的な方法で検証すること、そしてより多くの人たちがその知見を使える形にして提供することだと思っています。

人や社会にとって「良い選択」を促す仕掛けを作りたい

マーケティングとは、消費者に対して効果的に製品の魅力を伝え、購入し、満足してもらうための活動だと長年考えられてきました。近年はこれにSDGsの視点なども加わり、マーケティングの担う役割も変化しています。これからのマーケティングが目指すのは、製品の購入や消費を行う際、人や社会に配慮した選択、よりエシカルな選択を消費者に促す仕組みを作ることです。

これまでの調査や研究によると、「世の中にとって良い製品であることを、頭でわかっているが、買うという行動に移せない」という消費者が多いといわれています。消費者に行動を躊躇させる要因は、品質への懸念、価格に対する抵抗感などさまざまでしょう。ネガティブな連想や不安といった障壁をどのようにしたら乗り越えられるか。こうした点を考える際、消費者の感覚を通じて行動変容を促す感覚マーケティングの研究は、今後も一層役立つと考えています。

この一冊

『研究者という職業』
(林周二/著 東京図書)

一度しか読まない本もあれば、何度も読み返したくなる本もあります。私にとってこの本は、間違いなく後者。研究者の生き方、心構えがリアリティのある語り口で書かれていて、読むたびに背筋が伸びる思いがします。

外川 拓

  • 経済学部経営学科
    准教授

2010年、早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。博士(商学)。早稲田大学商学学術院助手、千葉商科大学商経学部専任講師および准教授を経て、2020年より現職。専門はマーケティング、消費者行動。

経営学科

※この記事の内容は、2023年8月時点のものです

上智大学 Sophia University