水素が一人二役をこなす新しい蓄電システムで「水素社会」の実現へ

理工学部の谷貝剛教授の専門は、ある条件下で電気抵抗がゼロになる現象「超電導」です。これを応用した画期的な蓄電システムが、脱炭素・脱原子力の先を担う水素社会の実現を、ぐっと引き寄せるかもしれません。

ある物質を極低温まで冷やすと、電気抵抗がゼロになる現象を「超電導」といいます。強力な磁場を生み出す超電導物質でコイルを作り、そこに電流を流し込むと、止まることも弱まることもなく、電流は半永久的にコイルの中をグルグルと流れ続けます。

こうした超電導コイルは、すでに医療用のMRIなどに応用されていますが、近年注目されているのが、流れ続ける電流を磁気エネルギーの形で保存する新しいタイプの蓄電システム「SMES(Superconducting Magnetic Energy Storage)」への応用です。なかでも私が開発している液体水素を使ったSMESシステムは、水素社会の実現に大きく貢献できると考えています。

ようやく身近なものになってきた水素エネルギー

水素燃料は、水を分解して作ることができ、燃やせば水に戻ります。CO2を発生させず、核廃棄物も残さず、しかも枯渇することがありません。しかし、水を分解するには、実際に得られるエネルギーを上回る電気エネルギーが必要です。これを環境負荷の小さい再生可能エネルギーで賄えれば理想的なのですが、太陽光発電や風力発電は、気象条件によって発電量が変動するという弱点があり、コスト面で折り合うのは、残念ながら当分先のことでしょう。そのため、現在流通している水素燃料のほとんどは、化石燃料を改質して生成したもの、あるいは他の工業プロセスからの副生成物であり、その生成過程でCO2を排出しています。

ただ、最近では従来燃料に向かない低品質の石炭などから水素を生成し、これに炭素回収技術を組み合わせるなど、低コストかつ環境負荷の小さい形で水素を製造、さらに有り余る再生可能エネルギーで液化された水素を輸入するプロジェクトも始まっています。液体から蒸発した水素ガスを発電に利用するだけでなく、液体水素の冷熱をも有効に利用できるのが、超電導電力貯蔵装置SMESを中心とする新しい電力システムです。あくまで前述の理想形までのつなぎではありますが、SMESには水素社会への歩みをさらに加速できる可能性があります。

水素をSMESの冷却材にして蓄電効率の新記録を更新

SMESは1/1000秒単位で電流の出入りを制御でき、瞬間的な電圧の変動もほぼすべて吸収・平準化して電力システムを安定化させます。電力のロスが極めて小さく、充放電を繰り返しても劣化しません。前述の太陽光発電や風力発電の弱点をカバーする、安全でクリーンかつ効率的な電力システムの構築が可能となるのです。

問題は、SMESの心臓とも言うべき超電導コイルを、液化ガスで極低温に冷却し続けなければならないことです。素材の選択と設計の工夫によって、いかにコストを下げつつ蓄電容量を増やし、システムの効率を高められるかが勝負です。

2021年に、私のチームは安価で入手しやすいニホウ化マグネシウム素材のコイルを液化水素で冷却するシステムで、蓄電効率の新記録を出し、国際会議で大きな注目を集めました。実験結果はほぼ計算値通りで、私たちの設計技術に自信が持てました。しかもこのシステムでは、冷却の役目を終えて蒸発した水素を、発電のための燃料として再利用できる。こうして水素に一人二役を担ってもらうことによって、実質的なコストダウンにもつなげられます。

コンパクトなSMESは、今後増えるであろう水素ステーションごとに設置して、災害にも強い分散型電力供給システムの中で活用することもできます。水素社会の姿がリアルに見え始めている、私はそう感じています。

この一冊

『生き方』
(稲盛和夫/著 サンマーク出版)

4年前、研究は順調でしたが、自分の研究をどのように社会へ還元していくべきか、思想の拠り所を求めていたときに出会ったのが、この本です。エンジニアとしてではなく、一人の人間として迷ったときにどういった方向に進むべきか、軸を手に入れることができました。

谷貝 剛

  • 理工学部機能創造理工学科
    教授

東北大学大学院工学研究科電気・通信工学専攻博士後期課程修了、博士(工学)。同大学院の助手、助教、2007年マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、2010年に上智大学理工学部機能創造理工学科准教授に。2018年より現職。

機能創造理工学科

※この記事の内容は、2022年10月時点のものです

上智大学 Sophia University