数学には難問を解明するだけでなく、社会が求める次代を切り拓くパワーがある

解析数論と表現論を研究テーマとしている理工学部の中筋麻貴教授。どちらの理論ともかかわる新しいゼータ関数を導入し、その対称性や双対性などの性質を示すことで、未解決問題の本質となる性質や構造解明の新たなアプローチの可能性について語っています。

リーマン予想とは、1859年にドイツの天才数学者であるベルンハルト・リーマンが提案した素数の分布の規則性についての仮説です。このリーマン予想が出されてから160年以上経過していますが、コンピューターの飛躍的な発展があっても、未だに証明できていません。

学生時代、リーマン予想とその歴史を知り、リーマン予想へのアプローチとなる解析数論、特にリーマンゼータ関数の勉強を始めると、数学の世界の広さ、楽しさに夢中になりました。修士1年のときにまとめた論文は「素測地線定理の誤差項の評価」で、素数の分布の評価である素数定理の幾何的類似として、素な測地線の分布の規則性について研究した論文です。リーマンゼータ関数の類似として、セルバーグゼータ関数と呼ばれる関数を使うことでアプローチしていきます。この研究は双曲空間のスペクトルの分布とも関連することから、研究成果は高い評価を受けることができました。研究はとても楽しく続けたいと願っていたのですが、出産・育児のため一度は研究者の道を諦めたこともありました。しかし、数学への思いを断ち切れず、もう一度研究の世界に戻りたいという強い思いから、米国スタンドフォード大学への2年間の留学を決心し、これを機会に研究の世界に戻りました。

解析数論と表現論を組み合わせた新しい理論をつくる

解析数論、表現論は今でも変わらずとても興味のある分野です。一方、これらの理論の研究対象に対し、自分ならではのアプローチを見い出したいという思いもありました。そこで、近年、表現論の研究対象であるシューア関数と、解析数論の研究対象であるゼータ関数を組み合わせたシューア多重ゼータ関数を定義し、基の関数の性質が保持されるのか、またその応用として表現論や解析数論のそれぞれの理論における新しい性質や構造を見出すことができるのか、という問いを明らかにすることに取りむようになりました。時間はかかりますが、一つひとつの性質を明らかにしていくことで新しい理論の完成を目指すことが目標です。

このような理論をまたいだ問題の解釈、多分野交錯的なアプローチの方法を用いることで、問題の本質や構造が見えてくることがあります。いつか、この理論がリーマン予想や他の未解決問題の解明にも貢献できればと思っています。

時代はビジネスの難問解決を図れる数学力を求めている

数学の研究が社会でどのように役立つかよく聞かれるのですが、基礎研究である数学は、すぐに役立つものではありません。例えば、デジタル社会の安全に不可欠な暗号には素数が使われていますが、ここで使われている数学は数百年も前の内容です。

ゼータ関数がブラックホールなど宇宙物理学に直結していることはすでに明らかになっていますが、これだけでなく、今後ますます盛んになる宇宙工学や情報化社会の進歩に、最新の数学は欠かせないものでしょう。技術が成熟した今日、次の一歩を切り拓くには数学が不可欠であるからこそ、今、多くの企業から数学が注目され、時代はビジネスをブレークスルーできる数学力を求めています。数学の一つの側面や分野に捉われず、多角的な側面から社会にアプローチをすることができれば、その効果はきっと期待以上のものになるのではないでしょうか。

数学は、研究して初めてその威力と面白さが分かりますし、確かにたやすくはない学問の一つですが、少しでもやりたい気持ちがあるならぜひ挑戦してほしいと思います。

この一冊

『二人で紡いだ物語』
(米沢富美子/著 出窓社)

日本物理学会会長など第一線で活躍した科学者の半生記。著者は研究者か主婦か将来に悩んだ際に、夫となる人から「両方選ぶ選択肢はないか」と問われ、結婚後も研究を続けるという選択をします。当時同様の境遇で悩んでいた時に出会った本で、研究生活と家庭生活は両立できるということを教えてくれました。

中筋 麻貴

  • 理工学部情報理工学科
    教授 

慶應義塾大学理工学部数理科学科卒、同理工学研究科基礎理工専攻博士後期課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、慶應義塾大学COE特別研究員、津田塾大学数学・計算機科学研究所専任研究員、スタンフォード大学Research Scholar、北里大学一般教育部基礎教育センター講師、上智大学理工学部准教授などを経て、2021年より現職。

情報理工学科

※この記事の内容は、2022年8月時点のものです

上智大学 Sophia University