長期の時間軸で物事を考える歴史学は、現代の諸問題の解決にも応用できる

文学部史学科 
教授 
坂野 正則

フランス近世の宗教史、社会文化史が専門の文学部の坂野正則教授。2019年に火災で損壊したパリのノートルダム大聖堂や、都市や地域の魅力について、歴史学の視点から語ります。

私の専門は16~18世紀のフランスにおける宗教と社会との関係です。研究で注目するのは人物の背景や信頼の構築。近世のフランスには、多数派であるカトリックのほかにプロテスタントが10%程度いて、16世紀に宗教戦争も起きました。その後、17世紀には、篤信家と呼ばれるカトリックのエリート層が社会のリーダーシップをとりましたが、その中心人物の一人はアカリ夫人という女性です。彼女のような篤信家女性は、聖職者だけでなく、国王に近い貴族や官僚たちとも人間関係を築きながら、貧しい民衆や病気の人々など社会的弱者のために福祉活動を組織化したり、宣教活動のための経済援助で活躍します。

17世紀以降のフランスは北米やアジアに海外拠点をつくりますが、そこにはパリ外国宣教会と呼ばれる組織が宣教師を派遣するなど重要な役割を担います。17世紀半ばに設立されたこの団体は、情報通信が未発達の時代にどのように地球規模で価値観や活動方針を共有したのか。こうした問題を理解するうえでも人間関係や信頼が重要になります。宣教師による記録や本国とやりとりした書簡を分析すると、誰と誰がつながっていて思いを共有していたのかが分かりますし、所属団体が違うことで考え方が異なると思われていた人たちの間につながりがあるなど意外な発見もあります。人物やそのコネクションに注目することで、社会がより立体的に見えてくるのです。

横断的アプローチでノートルダム大聖堂を考察

最近のテーマは、都市における空間と文化の関係性です。2019年、パリのノートルダム大聖堂が火災で損壊しました。850年もの歴史を持つノートルダム大聖堂はフランスを象徴する文化財であるとともに、現役の宗教施設。建築については日本でも多くの研究がありますが、人々にとってどのような意味を持つ場所かはよく知られていません。そこで、空間だけではなく、政治、文化、宗教の領域も横断するアプローチで研究を行っています。

例えば、大聖堂内の空間の利用、どこでいかなる儀礼が行われていて、長い歴史の中でそれらがどのように変遷していったのか。さらには再建するにあたって、歴史的な文化財として焼失前の姿を再現させるべきか、カトリックの信仰空間として現代の礼拝に合わせた形にするべきかなどです。ノートルダム大聖堂の今後を予言することはできませんが、その歴史や意味を紐解くことから新たな議論が始まるのではないかと考えています。

学問としての歴史学は問題意識を持つことから始まる

今後はフランスやヨーロッパを起点に、日本やアジアの事例と比較しながら空間と文化の歴史研究を発展させたいと考えています。例えば、日本では地域再生が課題となって久しいですが、フランスの歴史地理学で生まれた「テロワール」という概念で地域の可能性を見出すことができるかもしれません。テロワールとは、もともとワイン生産の用語で、地域特有の土壌や、歴史的につくり上げられてきた固有性のこと。しかし、ワイン以外にも使えるのではないか。そこに山があり、谷や川があることで特徴的な産物ができて、それを通じていろいろな都市との関係性が生まれ、文化もできる。「風土」から土地の歴史を掘り下げ、特産品の価値づけやブランディングの歴史的背景を探ることで、地域の魅力はさらに増してくるはずです。

このように、長期の時間軸から物事を考える歴史学は、現代の諸問題の処方箋をつくるのにも力を持ちます。学問としての歴史学と趣味の歴史との違いは、問題意識があるかどうか。これから歴史学を学ぶ皆さんには年号を暗記することよりも、現代の社会や身の回りのことから関心を広げてもらいたいですね。

この一冊

『歴史入門』
(フェルナン・ブローデル/著 金塚貞文/訳 中公文庫)

私が一番影響を受けた歴史家のエッセンスが詰まった本です。非常に長い時間軸、広大な地域を見渡す視点で、人間の文化や生活と経済をつなげていくところが興味深い。これを読めば高校までの世界史とは違った世界史像をつくることができます。

坂野 正則

  • 文学部史学科 
    教授

東京大学文学部歴史文化学科卒、同大学院人文社会系研究科欧米系文化研究専攻博士課程単位取得退学。博士(文学)。武蔵大学人文学部ヨーロッパ文化学科専任講師・准教授、上智大学文学部史学科准教授を経て、2020年より現職。

史学科

※この記事の内容は、2023年7月時点のものです

上智大学 Sophia University