古文書研究や映画分析も取り入れ、シェイクスピア文学の魅力に迫る

文学部の西能史准教授の専門は、シェイクスピアを中心としたルネッサンス期のイギリス文学。イコノロジー(図像解釈学)という研究手法を用いて、作品に隠されている社会的・文化的背景を考察しています。

ルネサンス期の人文学者エラスムスの著書『痴愚神礼賛』には、一つの体に多数の顔がある民衆の姿が、挿絵として描かれています。なぜそのような図像が描かれたのか。背後に隠されている時代的、文化的、社会的な痕跡を調査するのがイコノロジー(図像解釈学)です。

文学研究にはさまざまなアプローチがありますが、私はこのイコノロジーという視点から、シェイクスピアを中心としたチューダー朝・初期スチュアート朝時代の文学を研究しています。この挿絵は、ヘンリー8世の宮廷画家だったホルバインによって描かれ、多数の頭の表象には気まぐれで移り気な民衆の不安定さが表現されています。このようにイコノロジーは図像の背後に隠された意味と意図を解き明かす学問で、その手法を習得することで、私たちは世の中を独自の視点で解釈できるようになります。

作品が誕生した背景を知ると、物語に奥行きが生まれる

シェイクスピアが活躍した当時のヨーロッパは、宗教改革の時代でした。イングランドでは国王がローマカトリック教会から破門され、イングランド国教会が誕生。作品の中で宗教を扱うことは、現代人の想像以上に繊細な行為でした。それでも、密かに痕跡を残している作家や画家はいます。そのような時代背景を踏まえ、さまざまな視点から作者によって意識的、無意識的に隠された作品の意図を紐解き、作品への理解を深めるのが文学研究の面白さです。

実はシェイクスピアは、作品の中であからさまな宗教観を書いていません。それが現代人にも親しまれている要因の一つだと思います。一方で、言語表現は、語彙の多様性と用法の複雑さに満ちあふれています。シェイクスピアの英語は、現代の英語とは発音や文法が若干異なり、英語を母国語とする人にとっても読解が難しいですが、豊かな言語世界の解明は楽しい作業です。

私はイギリスの大学院留学時代、英語の古文書を読み進めるクラスに参加し、エリザベス一世自身が書いた手紙や地方史に関する文献などに触れました。特に手書きの文書には癖があり非常に難解です。それでも古い時代の文章を読む技術の習得は、新しい発見の糸口になります。また、当時の印刷技術を学ぶことで得られた知識も、作品を理解する上で役立っています。これらは私にとって基礎研究のようなもので、現在も継続して取り組んでいます。

文字や言葉には時代を象徴する価値観が宿っている

最近は文学にとどまらず、シェイクスピアを扱った映画の研究にも関心を持っています。カメラアングルによる監督の意図を分析したり、複数の映画版『ハムレット』を比較したり、文学部のプログラムとしてオーソン・ウェルズ監督の『フォルスタッフ』を取り上げたりしたこともあります。この作品はシェイクスピアの複数の歴史劇と喜劇を組み合わせた映画で、脚本ではシェイクスピア作品の原文を忠実に用いつつ、ウェルズが縦横無尽に台詞を切り貼りしています。ウェルズの脚本の意図を明らかにする授業は、学生にとっても新鮮な体験だったようです。

おそらく世の中に中立な言葉は存在しません。言葉にはその人の生い立ちや育った環境が宿り、固有の価値観を帯びています。なぜその言葉が使われたのか。文字の裏側にあるものを探究する文学研究は、今、私たちが生きている時代や社会を理解することにもつながるのではないでしょうか。 

この一冊

『HAMLET(THE ARDEN SHAKESPEARE)』
(William Shakespeare/著 Harold Jenkins/編 Bloomsbury Arden)

現在も最高峰のテキストとされるアーデン版の第2版です。初めて手にしたのは大学3年生のゼミで、丹念に辞書をひいて難解な文章を解明する面白さや「文学研究とは何か」を教わった原点のような存在です。

西 能史

  • 文学部英文学科
    准教授

愛知県立大学文学部英文学科卒、上智大学文学研究科英米文学専攻博士後期課程修了、University of London (Doctor of Philosophy)。2001年上智大学一般外国語教育センター嘱託講師、2007年より上智大学文学部英文学科専任講師を経て、2011年より現職。

英文学科

※この記事の内容は、2022年9月時点のものです

上智大学 Sophia University