貿易の自由化で変貌するメキシコ農業。その光と陰を追い続ける

メキシコの農業を中心にラテンアメリカ経済を研究する外国語学部の谷洋之教授。貿易の自由化によって急激に増える米国への野菜輸出が、メキシコ農業に与えた光と陰について語ります。

私は「ラテンアメリカ経済論」を研究していますが、一番力を入れているのはメキシコの農業と経済発展の関係です。日本のスーパーでもメキシコ産のアボカドやアスパラガス、かぼちゃなどを見かけることが増えました。メキシコから大規模に野菜が輸出されるようになったのは、1994年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)がきっかけです。特にメキシコから米国への生鮮野菜の輸出額は、90年からの30年間で8倍以上に跳ね上がりました。このような変化は、メキシコ農業に大きな変化をもたらしました。

米国にメキシコ野菜を。チャンスをつかんだ生産者たち

貿易の自由化には光と陰があります。日本でも2015年に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に加わったとき、「海外からの安い農作物で、日本の農家は立ち行かなくなる」と言われました。実際、メキシコでも米国から安いトウモロコシが大量に流入したことで、小規模農家が大打撃を受けました。野菜でもトウモロコシでも「販売価格が下落し、資材価格は高騰して、とても農業を続けられない」という声も現地で多く聞きました。

その一方で、自由化でチャンスをつかんだ生産者もいます。野菜や果物の生産には、人手が必要です。しかし米国では人件費が非常に高く、メキシコの日給より米国の時給の方が高いくらいです。米国内で野菜を生産するよりも、地続きの隣国メキシコから輸入するほうが、輸送費をかけてもまだ安いのです。NAFTA以降、メキシコでは多種多様な生鮮野菜が米国向けに大量に生産されるようになりましたが、生産物を消費者に届けるために、冷蔵設備を備えた倉庫・加工場やトレーラー、高速道路などが整えられたことも重要です。近年では傷みやすくて輸出に不向きだったほうれん草やレタスといった葉物野菜の出荷も大幅に伸びています。

私が調査した温室トマト生産企業は、季節に関係なく年2回半のペースで収穫できるうえ、温室には害虫が少ないので減農薬栽培も可能。「安全な野菜」として米国やカナダのスーパーから直接注文をとって生産計画を立てていました。貿易自由化は、多くの小規模農家にとっては逆風でしたが、それを逆手にとって新たなビジネスを構築している生産者も少なくありません。光と陰の双方を見ていく必要があるのです。

スペイン語で現場の声を聴きながら考える「メキシコ経済の今」

メキシコ農業の変化を、経済学の視点で解き明かす研究者は数多くいます。もちろんそれも重要です。でも私は「メキシコはどういう地域なのか」「メキシコ人はどんな論理で行動するのか」という視点で、経済を見たいのです。コロナ禍以前は年に2回は現地に足を運び、生産者たちにインタビューを重ねてきました。論文や統計資料などを読み込むことも不可欠ですが、「メキシコ農業の今の姿」を現場で掴み取ることを大事にしたいのです。

そのために欠かせないのは、ことばを使う力です。スペイン語で話されている肉声を聴き取ることで、彼らの考え方の根っこに触れることができます。そうして知りえた新しい知見を、できる限り日本に還元していきたい。日本・メキシコ両国とも米国と関係が深く、米国なしでは生きられない位置にいるという点でもよく似ています。貿易の自由化という転換点にメキシコの農業生産者はどう動いたか。私の書いたものが日本の農家の皆さんに少しでも役立てばうれしく思います。

この一冊

『Capitalismo periférico: Crisis y transformación』
(Raúl Prebisch/著 Fondo de Cultura Económica社)

アルゼンチンの経済学者プレビッシュの『周辺資本主義:危機と変革』という本です。大学3年で履修した「開発経済学」ゼミの初回に紹介があり、ずっと気になる存在でしたが、大学院時代に留学先のメキシコで現物と出会いました。なかなか歯が立ちませんでしたが、入手から4年をかけ、この本に関する論文をまとめることができました。すぐには分からなくても、粘り強く取り組むことが大事だと常に思い出させてくれる一冊です。

谷 洋之

  • 外国語学部イスパニア語学科
    教授

上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。同大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士後期課程満期退学。常葉学園大学外国語学部スペイン語学科専任講師、上智大学外国語学部イスパニア語学科専任講師、助教授、准教授を歴任後、2010年より現職。

イスパニア語学科

※この記事の内容は、2022年7月時点のものです

上智大学 Sophia University