未来のジャーナリズムの姿を、自分流に考えていきたい

文学部の奥山俊宏教授は、新聞記者だった経験を生かし、ジャーナリズムについて研究しています。公益通報者保護法の運用の実情や公共情報の流通のあり方、非営利の報道機関の可能性など、今の時代に即したジャーナリズムとは?

朝日新聞で33年、取材・報道に携わりました。その間、ジャーナリズムのあり方について考察する機会が何度もありました。内部告発者を保護する法的な枠組みやその運用の実情についての研究はそのひとつです。

報道機関の記者が独自に調査を行い、分かったことを自社の責任で発信する調査報道では、内部告発を端緒とすることがよくあります。告発者は、社会に有益な情報をもたらしてくれる大切な存在であり、そうした人の不利益ができるだけ小さくなるように保護されなければなりません。

そんな考え方がこの日本でも定着し、2004年に公益通報者保護法が制定され、2022年には改正法も施行されました。しかし、法の構造が難解な上に対象範囲が狭い。法律で守れないものもある。依然として課題は山積みです。引き続きこの法律の運用状況を注視し、取材・研究を深めていきたいと考えています。

世の中に行き渡る情報の質や量を落としてはならない

私が今、危機感を抱いているのは、近年とくに高まっている世間の報道機関への不信感です。玉石混淆の情報があふれていますが、明らかにされるべき肝心の情報を発掘するのには人手も費用も必要で、しかもリスクが大きい。なのに、そのことになかなか気づいてもらえない。

福島第一原発事故では、使用済み燃料プールの状況に関する海外メディアによる誤報を信じた人たちが、その誤った情報を伝えない日本の報道機関を非難しました。恐ろしい事態に立ち至る可能性について米国の一流紙が報じているのに、日本の新聞やテレビがそれを報じない状況を見て、多くの人たちが日本国内の報道を信用しなくなったのです。いわれのない批判に反論するのには、その批判の何倍もの手間ひまを要します。

報道機関への不信感が増すにつれ、取材環境も悪化しています。報道現場はついつい「事なかれ」に走りがちで、匿名にしたりモザイクをかけたりするのが当たり前となっています。

それが行き過ぎた結果、社会に必要な情報が伝えられない事態が生じています。これは由々しき問題です。民主主義の社会では、世の中に行き渡る公共情報の質や量を落としてはならないのです。

これからの時代に適応するために、報道機関に必要なこと

これからの時代の報道機関は、自分たちのやっていること、自分たちが悩んでいること迷っていることを、できるだけ赤裸々にそのまま世の中に明かすことが必要だと考えます。

非営利の報道機関にも注目しています。朝日新聞にいたときから私は、米国に事務所を置く非営利組織・国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)のメンバーになっていて、各国のさまざまな記者や報道機関とタッグを組んだことがあります。それが当たり前になれば、より多彩で、より自由な報道ができるようになるでしょう。そうした非営利報道の運営資金を寄付でまかないやすくするための税制の整備とか、報道を生き残らせるための戦略づくりにも知恵を出していけたらと思っています。

いかなる場合にも、事実には屈服しなければならない。記者でも研究者でもそれは同じです。思い込みや思想・信条などのバイアスをできる限り排除し、さまざまな角度、さまざまな距離から事実関係をできるだけ客観的に、でも大胆に照らし出していく。記者時代と同じように、自分流に考えながら、研究に臨んでいきたいと思っています。

この一冊

『自分流に考える 新・新軍備計画論』
(森嶋通夫/著 株式会社文藝春秋)

大学の教養学部のゼミで指導してもらった大学院生から勧められて読んだ本です。旧来の発想から抜け出して、新しいアイデアを形にする。こういう考え方ができるんだと目から鱗が落ちる思いで読みました。以来、「自分流に考える」ということを心がけています。

奥山 俊宏

  • 文学部新聞学科
    教授

東京大学工学部原子力工学科卒、同大学新聞研究所修了。朝日新聞に入社し、水戸支局、福島支局、社会部、特別報道部などで記者。2013年から朝日新聞編集委員。著書『秘密解除 ロッキード事件』で司馬遼太郎賞、日本記者クラブ賞を受賞。 2022年より現職。

新聞学科

※この記事の内容は、2022年8月時点のものです

上智大学 Sophia University