異分野との結び付きで、さらなる発展が期待される結晶基底の理論

理工学部の中島俊樹教授が取り組んでいるのは、結晶基底と呼ばれる理論の研究です。この結晶基底をはじめ数学を突き詰めることの醍醐味や、「100回の失敗の後の1回の成功」を求めて研究に打ち込むその姿勢についても語っています。

大学院在学中のある日、指導教員だった教授が自ら発見した理論を“crystal base”と名付けたのが結晶基底との出会いです。日本語では結晶基底と呼ばれるこの理論は当時新しいもので、研究すればした分だけ結果が得られる状況が後押しとなり、研究を始めてもう30年以上になります。

結晶基底はひと言で説明するのがとても難しい理論です。私の専門は代数の中の「量子群の表現論」と呼ばれる分野なのですが、結晶基底にはこの量子群に関連するさまざまな計算を、そこに含まれる情報を失うことなく単純化する性質があります。その応用範囲の広さから、数学の世界ではとても重宝される定義です。同時に、クラスター代数や圏化といった分野が生まれるきっかけを作った、発展性に富んだ理論でもあるのです。

他分野とのつながりが意外な結果を生む

日本は伝統的に量子群の研究に強く、結晶基底の研究に関しても世界的にかなり進んだ立場にあります。現在は結晶基底そのものの研究が単独で伸びる時期は過ぎ、言わば安定期のような状態なのですが、分野の異なる研究と結びつくことで意外な結果を得られる可能性を秘めています。

例えば少し前のことですが、私のところに確率論の研究をしている研究者からメールが届きました。確率論については完全な門外漢なので詳しいことは分かりませんが、私の論文を読み、結晶基底の理論をご自身の研究に応用できるのではないかと考えられたとのこと。数学の研究では、こういった分野を超えたつながりも珍しいことではなくて、むしろ独立して発展していく研究よりも、他の分野とのつながりが功を奏することがあるのです。

原動力は「役に立つか」ではなく、面白さと競争心

私も含め、数学者であれば誰もが一度は聞かれるのが「その研究は何の役に立つのか」という質問です。今の私の研究も世の中のためになるのかと聞かれれば、基本的には何の役にも立たないかもしれないし、役に立つとしてもそれがいつ、何の役に立つのかは説明できません。現代の社会で役立っている理論を発見した先人たちも、コンピューターやAIが普及した今を想定して研究を行ったわけではないはず。数学とはそういう学問なのだと思います。

複雑な計算式と向かい合い、それが答えに向かっているのかいないのか、それすらはっきりしない状況で奮闘するものの、1カ月、ときには半年、1年経ったところで「もうこの辺でやめておこう」と踏ん切りをつける。数学の研究は、その繰り返しです。

それでも研究を続けるのは、やはり数学が面白いから。100回の失敗の後に得られる1回の成功には、格別の感動があります。もう一つの理由は、自分の専門分野は他の研究者に任せたくないという気持ち。これはテリトリー意識、あるいは競争心といってもいいのかもしれない。出版前の論文が公開されるサイトをチェックして、そこに自分の研究分野に近いものを見つけると「ちょっと待てよ。これは自分がやらなきゃいけないんじゃないか?」という思いが湧き上がるんです。

数学者である以上、目標は、まだ誰も見つけていない新しい概念を発見し、論文として発表すること。その気持ちは研究者になった当初から今まで、変わっていません。

この一冊

『生きること学ぶこと』
(広中平祐/著 集英社文庫)

高校生のとき、数学者が書いた本というのが珍しくて、手に取りました。広中先生の子ども時代の話や学問の楽しさなどいろいろなことが書いてあって、自分も数学者となった今、読み返すとまた新鮮な思いがします。

中島 俊樹

  • 理工学部情報理工学科
    教授

東京大学理学部数学科卒、京都大学博士(理学)。大阪大学基礎工学部助手、上智大学理工学部数学科助教授などを経て、2005年より現職。

情報理工学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University