増加する移民や難民の「人の移動」を国際政治の観点から分析する

法学部国際関係法学科
教授
岡部 みどり

ともすれば「気の毒な国の人に支援の手を」と慈善活動のように語られがちな移民や難民問題ですが、経済や安全保障にも影響を及ぼす地球規模の課題と言えます。法学部の岡部みどり教授が、国際的な人の移動を研究する意義を語ります。

私の研究分野は国際政治学です。と言うと、各国の首脳や大使たちが国家間の関係を平和的に構築するための交渉や折衝を行う姿を想像するかもしれません。あるいは軍事や安全保障、経済分野の課題解決のための学問というイメージを持たれるでしょうか。

私の研究はそれらのイメージとは少し異なり、「人の移動」に焦点を当てています。移民や難民の問題を、安全保障や経済の視点で解明する新しい試みと言えるかもしれません。

移民や難民を受け入れる国、送り出す国の双方の思惑

EU(欧州連合)では、国家という単位を残しながらも国境でのパスポートチェックは不要です。人の移動を自由にすることで、国家間の協力を密にし、再び戦争が起こらないようにしているのです。人々が国境をこえて行き交うと、平和になる――これは国際政治学の理論の一つです。国家間の相互依存が高まるため、おいそれと戦争できなくなるからです。

ところが、現代における人の移動はそんなに単純ではありません。増加の一途を辿る移民や難民の問題がその代表です。先進諸国の中では、「移民に仕事を奪われた」「街の治安が悪くなった」などの声が大きくなり、リベラルな政党が退陣を迫られたり、外国人の排斥を公約にする政党が現れたりしています。一方で、先進国の多くは少子高齢化が進み、労働力不足です。労働力の確保という意味で、移民や難民を受け入れる恩恵があるのも事実です。

人を送り出す途上国にも思惑があります。例えば出稼ぎ労働者が本国に送金するお金で、その総額が国家のGDPを支えている国もあります。代表的なのはフィリピンですが、中国もそうです。あれだけ経済成長を遂げている国でも、世界に散らばった中国人の送金によって、本国が潤っているのです。

もっと貧しい国になると、難民のような形で先進国に人が送り込まれてきます。国際法上は難民と定義されなくても、自国の貧しさや環境汚染で暮らせなくなるのです。厳しい環境下にある人々に対して助けの手を差し伸べることは大切なことではあるのですが、彼らが大量に押し寄せると受け入れる国も困ってしまいます。それを逆手にとって、途上国側が政治的な脅しに使うケースもあるのです。「こちらの要求を飲まないと、そちらに難民が大量に押し寄せることになるが受け入れてもらえますね?」というように。難民が安全保障政策上の一つの駒になっているというわけです。

9・11以降、世界では難民が安全保障上の脅威になった

難民が安全保障上の脅威になってしまったのは、2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降でしょう。貧しい国の、いえ、国家でさえない集団でも、手段さえ選ばなければ大国に巨大なダメージを与え得るのだと、あの9・11は証明したのです。

その後、世界各地でテロが頻発しました。移民に慣れた国の人たちも、自分の隣に住む外国人がいい人なのか悪い人なのか、不安を感じるようになっています。

日本は島国ということもあり、難民問題には傍観者でいられましたが、今後はそうはいかないでしょう。人道的な支援はもちろんですが、国際協力の場での発言権を高め、ただ受け入れ人数を競うだけの難民支援のあり方に異を唱えることができるようにしなければなりません。日本政府は、難民がそもそも生まれないような平和な国際社会を作るための外交を積極的に展開する必要があると思います。

この一冊

『領土の政治理論』
(マーガレット・ムーア/著 白川俊介/訳 法政大学出版局)

政治哲学者である著者が、独特の視点で「領土」を論じています。本来、領土なんて存在しない。だったら適材適所で全世界に人を再配分してもいいはず。なぜそれができないのか?そんな新しい視点を得られる本です。

岡部 みどり

  • 法学部国際関係法学科
    教授

東京大学総合文化研究科国際社会科学専攻博士修了。博士(学術)。国際連合大学「平和と統治プログラム」アカデミック・プログラム・アソシエイトなどを経て現職。この間、オックスフォード大学移民研究所客員研究員などを歴任。

国際関係法学科

※この記事の内容は、2022年10月時点のものです

上智大学 Sophia University