ラテンアメリカにおける都市貧困地区の実態。現場主義で見えてくるもの

ラテンアメリカでは農村-都市移住が急激な都市化をまねく一方、地方では環境破壊を伴う開発がコンフリクトを生んでいます。外国語学部の幡谷則子教授は、フィールドワークを通じ、課題解決の可能性に注目して発信を続けています。

私は、南米コロンビア共和国を中心にラテンアメリカの地域研究に携わっています。上智大学に着任する以前、ジェトロ・アジア経済研究所の研究員として勤務していました。当時、コロンビアについて研究する前任者が誰もおらず、手探りで研究を始めました。その後、コロナ禍で渡航ができなかった時期を除いてほぼ毎年、コロンビアを訪れています。

同じくラテンアメリカにあるメキシコには学部生のときに留学していました。当時は1980年代初頭で、ラテンアメリカの主要国では、農村から都市への労働移動によって都市化が急速に進んだ時期でした。大都市周辺部には貧困地区、いわゆるスラムが生まれました。私はこうした状況を見て、その実態を理解し、現地に関わる研究がしたいと考えるようになりました。

紛争を抱えるコロンビアの辺境地で生活する人びとの目線に立つ

貧困・格差の問題をどう解消するか、そのための開発はどうあるべきか。コロンビアで1990年代に実施した調査では、急速な都市化に対して行政によるライフラインの確立が間に合わず、その結果、都市周辺部において、住民は違法ディベロッパーから土地を購入して自助建設をしていたことがわかりました。その地域に、農村から都市にやってきた労働者たちが家族を呼び寄せて居を構え、結果として都市周辺部に人口が増えていく。つまり、インフラ環境が劣悪なまま都市は拡がってしまったのです。

また、コロンビアは、長年国内紛争を抱える国です。紛争被害にあった農村部の人びとは、避難民として都市部にやってきますが、一時の人道支援はあっても、長期的には生活が成り立たず、貧困地域に居住するようになります。このような都市部への移住者の生活や、住宅・住環境の改善のプロセスを学ぶ過程で、現場の声が政策担当者に届かなければならないことを実感しました。

幸いにも、現地の社会問題を扱うイエズス会系の研究機関CINEPと、共同研究プロジェクトの機会を得ました。当時CINEPの所長を務めたイエズス会神父は、その後紛争の激しい農村部でNGOコンソーシアムを組織し、現地コミュニティの参加を基盤とした、彼らのイニシアチブを大事にした生活改善や暮らしの自立化を模索しました。

神父から、「貧困や、紛争被害の実態について学ぶためには、現場を見て、現地に住む人たちの声を聞かなければ意味がありません」との助言を受けました。紛争被害に遭った人たちが、どうやって自分たちの土地や自分たちの生活の場を放棄せずに、生活を維持していくことができるか、彼らの活動から学ぶことは大きかったです。

社会と関わってこそ大学の存在意義がある

その神父との出会いを通じ、「大学は何のためにあるのか」「研究者のやるべきことは何か」を私は深く考えるようになりました。大学も、研究者も社会の矛盾や、正義の確立について勉強するだけではなく、コミットしていかなくては存在意義がないという視座を得たのです。コロンビアなどの資源保有国では、市場メカニズムに任せた開発モデルが、さまざまな矛盾や紛争の契機になっています。これからも、研究結果は現場の地域の人々に還元していきたい。私たちも含め、世論や政策担当者のマインドに影響を与える発信をしていかなくてはと思います。

この一冊

『小さな民からの発想―顔のない豊かさを問う』
(村井吉敬著/時事通信社)

上智大学で東南アジア経済を専門として教えていらっしゃった村井先生の著書。インドネシアにおける開発では、日本政府の援助が現地の生活改善に繋がっていないと批判しています。私のフィールドワークに臨む姿勢に大きな影響を与えた本です。

幡谷 則子

  • 外国語学部イスパニア語学科
    教授

上智大学外国語学部イスパニア語学科卒、筑波大学大学院地域研究研究科(修士課程)修了、ロスアンデス大学(コロンビア)CIDER地域開発専攻修士課程修了、UCL(University College London)Ph.D. (地理学)。アジア経済研究所(現 ジェトロ(JETRO:日本貿易振興機構)アジア経済研究所)研究員、上智大学外国語学部イスパニア語学科助教授、准教授などを経て、2008年より現職。

イスパニア語学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University