英文学研究者としてシェイクスピアの作品を研究してきた言語教育研究センターの杉木良明教授。演劇という形でこそ味わえる作品の魅力や研究の意義、さらに近年力を入れている歌舞伎を世界に伝えるための授業についても語っています。
私は英文学が専門で、長年、シェイクスピアの作品を研究してきました。研究者になるきっかけとなったのは高校時代に観た映画『ロミオとジュリエット』です。勢力争いの犠牲となった若い男女の悲恋劇に私は強く魅了されました。映画を観た後は原作の戯曲(和訳)を読んだり、蜷川幸雄演出の舞台を観たりと、この作品に夢中になっていきました。
シェイクスピアの戯曲のほとんどは、既存の物語やエピソード、詩などをベースに翻案したもの。『ロミオとジュリエット』も例外ではありません。しかし、元になる作品で流れる時間は長く、これをシェイクスピアが大きく縮めた結果、作品にスピード感が出ています。シェイクスピアの魅力のひとつがこのスピード感であり、観る人をドキドキさせる演出につながっています。
演出家や演じる役者による作品の違いを比較する楽しさ
シェイクスピアの作品は役者が演じることを前提に書かれているので、舞台でこそ魅力が生かされます。ただし、日本に住んでいる私が現地のシェイクスピア劇に日常的に触れることはできません。その代わり、伝統芸能に移しかえられた上演や、日本に舞台を移した質の高い翻案に触れることができます。また、演出家や演じる役者によって雰囲気も変わるので、違いを比較することも楽しく、また、シェイクスピアの複数の作品から共通点を見つけることで、作品の成り立ちなどを探ることもできます。
例えば、シェイクスピアの作品には水に関わるモチーフが多く出てきます。『ハムレット』では主人公が父の仇であるクローディアスによってデンマークからイギリスに向けて船で移送されそうになったり、『オセロ』では主人公が軍務でベニスからキプロス島に渡ったりします。シェイクスピアの故郷であるイギリスのストラトフォードには、エイヴォンという名の川があり、水辺で育った原風景がこうしたシーンに影響を与えているのではないかと想像します。
シェイクスピアの作品に限らず、いわゆる古典的名作と言われる物語は、昔から口承や書物などの形で脈々と伝えられてきたもの。物語を聞いたり読んだりすることが生きるために欠かせないものだったからだと考えられます。私が物語や劇を研究する意義はまさにここにあるのです。とくに演劇はコロナ禍の中で不要・不急の対象とされましたが、本来、人間にとって必要なもの。作品を研究し、論文などの形でその魅力を伝え続けて行くことが使命だと感じています。
歌舞伎の魅力を世界へ伝える方法を学ぶ
最近は日本の伝統芸能である歌舞伎や文楽を世界に伝える方法を英語で学ぶ授業を担当し、学生たちと共に考えています。 “JAPANOLOGY” という科目を立ち上げたときに、自らも担当することになって、もともと定期的に歌舞伎を観ていたこともあり、トピックを伝統芸能にしたのです。歌舞伎の演目には、江戸時代の封建制度のもとで作られたものが多く、主君の子どもを守るために自分の子どもを殺すなど、理不尽な死も多く織り込まれています。同様に、シェイクスピアの作品も現代のアジアから見れば、400年以上も前のヨーロッパで書かれたものなので、表面的には理解が難しい点も少なくありません。しかし、いつの時代にどこで書かれたものであろうと、現在まで残っている作品であれば、必ず普遍性を備えているものです。また、学生には歌舞伎を観たことがない人もまだ多いので、授業を機に劇場に足を運んでもらい、その魅力を知ってもらえたらうれしいですね。
この一冊
『ロミオとジュリエット』
(シェイクスピア/著 中野好夫/訳 新潮文庫)
初めて読んだシェイクスピアの作品です。シェイクスピアは敷居が高そうで、読むことを敬遠しているという人も多いと思いますが、名作には味わいがあり、必ず得るものがありますので、一冊は読んでみることをおすすめします。
-
杉木 良明
- 言語教育研究センター
教授
- 言語教育研究センター
-
上智大学大学院博士後期課程満期退学。修士(文学)。上智大学嘱託講師などを経て、2016年より現職。
- 言語教育研究センター
※この記事の内容は、2022年8月時点のものです