立場の心理学からマジョリティ特権と構造的な差別を可視化する

文化心理学を専門とする外国語学部の出口真紀子教授。差別の心理やマジョリティ特権が主な研究テーマ。マジョリティ側の人々が自身の持つさまざまな特権を可視化できるような教授法や心理尺度の開発に取り組んでいます。

「文化心理学」は、心理学の中でも特に文化を中心に据えて人間の行動・情緒・心理を研究する学問です。例えば、日本で生まれ育ち、成人してからアメリカに渡った日本人女性は、数十年後、自分の文化適応についてどのように語り、自身のアイデンティティーをどう捉えているのか。私自身が帰国子女で日米の文化の狭間で揺れた時期が長かったため、自分の経験を振り返る意味でも多くの気づきを与えてくれた研究です。

マジョリティの人々は差別に対して無自覚で無関心

私が最も力を入れている研究は、社会でマジョリティ側、つまり強者側にいる人々にどうすれば「差別」を自分ごととして捉えてもらえるか、というものです。そのためには、まずマジョリティ側の「特権」を可視化することが必須だと考えています。差別の話はどうしても立場の弱いマイノリティ側をどう助けるかといった視点で語られがちですが、私はその裏に存在する立場の強いマジョリティ側が自身の持つ特権とまず向き合わなければ解決しないと考えています。

マジョリティとは、「その属性においてより強者側の立場にいる人」を指します。例えば、日本社会において、日本人であることはマジョリティに属することであり、さまざまな特権を有しているといえます。特権は「ある社会集団に属することで自動的に付与される優位性」と定義しています。例えば、人種差別を受けることがない、政府を批判しても「日本から出て行け」と言われなくて済む、などがその例です。

特権は、性別、性的指向、社会階層、障がいの有無などの属性において、マジョリティ側にいる人に自動的に付与されます。しかし、マジョリティ側はそれを自覚しづらく、一方でマイノリティの方が、マジョリティ側の特権が見えている、という特徴があります。例えるなら自動ドア。特権を持つ人が進むときには勝手に開くので、ドアの存在に気付かないことすらあるのに、特権を持たない人は自分の力でこじ開けなければならない。そのたびに構造的な障壁を体感する。差別とは、個人の問題以上に構造的な問題なのです。

特権を自覚し、社会構造を変える人を増やしたい

構造的な差別をなくすための第一歩は、マジョリティ側の人間が特権を自覚することだと考えます。自分が社会構造の中でいかに優遇されてきたか、差別を受けずに済んできたかに気付くことで、同じ構造下で苦しい経験をしている人が存在することに対して、自分さえ良ければいいのか、と自問することができます。「私は差別していないから関係ない」と思う人も多いですが、差別構造があるのに何もしないのは、差別に加担しているとみなします。

現在、私は「日本人特権」のチェックリストの作成に取り組んでいます。日本人に自動的に付与される法的特権や言語的特権などを52項目設定し、心理尺度として成立させるべく、その妥当性や信頼性を検証するためのデータを、地道に集めているところです。その尺度を作成した後は、「日本人特権態度尺度」を作りたい。特権を自覚した後、その特権に対してどう感じるか、どんな態度や行動をとるかを検証したいからです。

差別をなくすために変わらなければならないのはマジョリティ側。特権を自覚し、その特権を利用して社会構造を変える人を増やす。そのための研究に、これからもパッションを持って臨んでいきます。

この一冊

『THE BOOK THIEF』
(Markus Zusak/著 Random House)

ナチス支配下のドイツで、過酷な社会的な抑圧構造のなか、親を失ったユダヤ人少女が里親のもとで生き抜く様子が死神の視点から描かれている小説です。戦時下でユダヤ人を匿うことで静かに抵抗しながら懸命に生きる人々の姿が感動的で、私の研究にも関連する一冊です。

出口 真紀子

  • 外国語学部英語学科
    教授

アメリカ・ボストンカレッジ人文科学大学院心理学科博士課程修了。博士(文化心理学)。ニューヨーク州のセント・ローレンス大学心理学部などで教鞭をとり、2012年より上智大学外国語学部英語学科准教授、2019年より現職。

英語学科

※この記事の内容は、2022年5月時点のものです

上智大学 Sophia University