数式で求める電車の省エネ運転法。熟練の技をデータ化し未来に残す

電気鉄道を研究対象とする、理工学部の宮武昌史教授。電車は環境にやさしい乗り物ですが、走行時の工夫でさらなる省エネルギーの実現が可能です。省エネ運転の手順を計算式で求める意義とは?

電車はその名の通り電気を動力源としているため、蒸気機関車やディーゼル機関車と比較すれば環境にやさしい乗り物ですが、省エネルギーという意味では、まだ改善の余地が残されています。

重電メーカーをはじめとする産業界が、モーターや運転装置の性能向上など技術面から対策を進める中でアカデミアに求められる役割は、私の専門である電気工学のほか、数理工学、機械力学といった学問に基づく論理的な方策を示すことです。

「便利」で「省エネルギー」でなければ意味がない

たとえば、省エネ運転の具体的な方法を計算式で算出することも、その一つ。自動車同様、電車も運転方法の工夫により、エネルギー効率を上げることができます。走行スピードを落とせば空気抵抗が減り、消費エネルギーの削減にもつながりますが、鉄道は人のために作られたものですから、利用者にとって便利でなければ意味がありません。目的地までの所要時間を変えない範囲で、消費エネルギーを最少に抑えるためには、どこでどの程度加速や減速を行えばいいのか。その具体的な手順を、計算式で求めるのです。

実際の計算は、対象となる路線を走行する際の車両の慣性や発車時の加速、停車前の減速といった物理的挙動、エネルギーの使われ方などをすべて盛り込んだプログラムをテキストに書き出して行います。走行距離、目的地までの所要時間、カーブの場所や角度、速度制限といろいろな条件が入るので、式は非常に複雑。うまく式にできないとか、式にできても計算が難しくてなかなか作業が進まないということも多々ありますが、数学的な面白みを味わうことができます。

計算式を使って加速や減速の手順を求めるメリットは、最も省エネな走行パターンをグラフで表せるようになることです。縦軸を速度、横軸をスタート地点からの経過時間にしたグラフを作り、そのパターン通りに操縦すれば、経験豊富な運転士でなくてもエネルギー効率のいい運転ができる。これは非常に画期的な成果です。こうして作ったグラフは、運転士が普段実践している操縦方法が理論的に正しいか、つまり実際に省エネルギー運転になっているかどうかを検証する材料として鉄道会社で使用された実績があり、将来的には運転士が走行の際に使用する運転支援システムと呼ばれる装置への組み込みなど、実務への導入も可能だと思っています。

経験値の高い運転士の技術を自動運転システムに取り込む

日本は鉄道が発達した国として世界的に知られていますが、鉄道に関する学術的な研究は欧州や中国の方が盛んで、私の研究室の学生も約半数は海外からの留学生です。日本で鉄道に関する学問が発達しなかった理由の一つは、理論に頼らなくても、実務的な工夫の積み重ねと勤勉性でここまで発展できたことでしょう。逆に言うと、海外では日本のようなやり方は通用しないからこそ、自動運転技術などの研究が発達したとも言えます。

日本の鉄道会社でも、今後世代交代が進むにつれ、ノウハウの継承は難しくなっていくと思いますが、経験値の高い運転士の技術をデータ化して自動運転のシステムに取り込めば、彼らの優れたスキルを将来にも引き継ぐことができます。運行の正確性や安全性は、日本の鉄道ならではの強み。それらの強みを理論に裏付けされた手法として確立し、定着させるための研究を、今後もさらに進めるつもりです。

この一冊

『新しい鉄道システム―交通問題解決への新技術』
(曽根 悟/著 新OHM文庫)

電気工学に興味を持つきっかけになった一冊。もともと鉄道は好きでしたが、この本を読んでから、鉄道と電気の結びつきを意識するように。「電気工学専門でここまでできる」ということを教えてくれた本です。

宮武 昌史

  • 理工学部機能創造理工学科 
    教授

東京大学工学部電気工学科卒、同工学系研究科電子情報工学専攻博士課程修了。博士(工学)。東京理科大学理工学部電気工学科助手、上智大学理工学部講師・准教授などを経て、2014年より現職。

機能創造理工学科

※この記事の内容は、2022年5月時点のものです

上智大学 Sophia University