医療から化粧品まで、あらゆる分野に利用できる天然物化学の魅力とは?

肺の慢性疾患の診断につながるアミノ酸や、サツマイモの葉など廃棄される植物から有効成分を抽出する技術の研究をしている、理工学部の臼杵豊展教授。生き物が創り出す物質の持つ可能性や、社会貢献につながる研究の面白さを語ります。

私は有機化学の中の天然物化学という分野を専門に研究しています。ヒトや動物、植物、魚類、微生物など生き物が生み出す物質すべてが対象です。力を入れているものの一つがヒトの皮膚や血管、靭帯、肺胞などに多く存在するデスモシンというアミノ酸です。

病気の診断に利用できるアミノ酸の化学合成に成功

研究のきっかけは、留学先の米国・コロンビア大学で、COPD(慢性閉塞性肺疾患)研究の大家であり、Gerard M.Turino, MD教授に出会ったことです。COPDは長年の喫煙などにより肺胞が壊れることで肺機能が低下し、息切れが生じるものです。世界的に患者数が増えているものの、早期発見が難しい疾患とされています。Turino教授から、COPDの患者さんは肺胞が壊れるとタンパク質のエラスチンを構成しているデスモシンというアミノ酸が増えるため、これを診断に利用できるかもしれない、と教えていただきました。

しかし、体内で生成されるデスモシンの量はごく微量であるため、精密な分析には同位体標識体(どういたいひょうしきたい)という合成したデスモシンが必要です。同位体標識体とは、化学構造が同じで、かつ、元の物質よりも質量が異なる物質です。これを尿や血中に加えると、どのぐらいのデスモシンが含まれているかが正確に分かります。しかし、当時、この同位体標識体は世界でまだ誰も作ったことがないものでした。私はTurino教授からぜひチャレンジして欲しいと励まされ、帰国後すぐに研究を開始しました。その4年後に天然のデスモシン合成に世界で初めて成功したのを皮切りに、同位体標識をしたデスモシンを含む多くの関連化合物の化学合成に成功したのです。現在、この合成したデスモシンを、COPDをはじめとしたエラスチン分解に関わる病気の診断に適用するため、臨床医や企業と新たな研究の準備をしています。

失敗しても何度でもやり直す。それしか道はない

もう一つ力を入れているのが、植物に含まれるポリフェノールの抽出技術の研究です。ポリフェノールは抗酸化物質や抗老化物質が多く、その成分が化粧品や健康食品などに利用されています。成分を効率よく取り出せれば、用途が広がります。深共晶(しんきょうしょう)溶媒などの特殊な溶媒を使うことで、サツマイモの葉に含まれるポリフェノールや、沖縄固有の柑橘類・カーブチーの皮に含まれるポリフェノールを取り出す方法に成功しました。前者はサツマイモの葉のお茶として製品化されています。後者は化粧品への応用を目指して、メーカーとの共同研究に入っています。

研究では最初にゴールまでの設計図を作ります。これまでの知見を生かして、「予言する」と言ってもよいかもしれません。設計図に従って、材料や試薬をフラスコやビーカー内で混ぜて実験します。しかし、最初から予言通りにいくことはなく8割は失敗です。地道で多くの時間がかかりますが、それでも諦めずにトライアルを繰り返していくことこそが、実験化学研究の王道です。

研究のモチベーションは、出来上がったものを社会に役立てたいという思いです。実際、デスモシンの研究は医療に貢献できたらと考えていますし、廃棄していたものからポリフェノールを抽出する技術はSDGs達成に寄与する研究成果と言えるでしょう。このほかにも、数年がかりで取り組んでいる複数の研究が同時進行しています。一つでも多くの成果を出すために、これからも研究に真摯に取り組んでいきたいと思います。

この一冊

『こころ』
(夏目漱石/角川文庫)

初めて読んだのは高校生のときです。手紙を通しての先生の長い告白で終わるラストは実に衝撃的でした。研究においても、こんなあっと言わせるストーリー展開で世の中を驚かせたい。そんなことをいつも考えています。

臼杵 豊展

  • 理工学部物質生命理工学科
    教授

東北大学理学部化学科卒、同大大学院理学研究科化学専攻博士後期課程修了。博士(理学)。米国コロンビア大学化学科博士研究員、上智大学理工学部物質生命理工学科助教、准教授を経て、2021年より現職。

物質生命理工学科

※この記事の内容は、2023年6月時点のものです

上智大学 Sophia University