第5回「人間の安全保障と平和構築」 2018年7月17日 実施報告

2018年7月17日(火)午後6時45分から、今年度5回目となる上智大学グローバル教育センターが主催する連続セミナー「人間の安全保障と平和構築」が、上智大学四谷キャンパス2号館17階の国際会議場にて開催されました。

この連続セミナーは、人間の安全保障と平和構築に関し、日本を代表する専門家や政策責任者を講師としてお迎えし、学生と市民、外交官や国連職員など、多様な参加者が、共にグローバルな課題について議論を深め、解決策を探っていくことを目的にしています。

福山哲郎・立憲民主党幹事長

今年度最後となる本セミナーでは、福山哲郎・立憲民主党幹事長(元内閣官房副長官・外務副大臣)が、「日本外交と国連の役割」をテーマに講演しました。会場には150人を超える学生や社会人が詰めかけました。

冒頭挨拶で大塚寿郎・上智大学学務担当副学長が、この連続セミナーは、東教授が2016年4月に上智に来てから始まり、3年目を迎えたこと、昨年この連続セミナーが、履修している学生から一番よい評価を獲得した授業に与えられる「グッドプラクティス賞」を受賞したことなどを紹介しました。また、グローバルな課題の解決のために何をすべきか、学生や教員だけでなく、幅広く社会人の人々にご参加頂き、共にその解決策を考えていくプラットフォームになって欲しいと話しました。そして野党第一党の幹事長としての職務の合間を縫って、上智大学に来ていただいた福山さんに深く感謝の意を述べました。

大塚副学長

福山さんはまず、経済的に非常に苦労した生い立ちから語り始めました。高校生の時、母親と兄弟と数万円の所持金を持って、東京から京都に移住し、4畳一間の部屋に家族全員が住み始めたこと。そこで自身が住み込みで働きながら、高校に通ったこと。それ以来、全ての学費を自分で働いて賄い、大学を卒業。サラリーマン生活や松下政経塾などを経て、政治家を志し、地盤、看板、カバンもなく、失業保険を受給しながら街頭演説や選挙活動を始めた経験を語られました。その後、懸命に努力を続けて徐々に支援者を増やし、1998年、遂に参議院議員として初当選されました。

そして福山議員は、外交に携わる上での、5つのキーワードを語りました。1)「人」、2)「規範力・構想力」、3)「モメンタム・トレンド・国際世論」、4)「現地主義・現場主義」、5)「普遍的な価値・理念」の5つです。この5つがあれば、外交的に成功し、世界的な枠組み・規範を作ることが可能になると、福山議員は二つの政策を例に語りました。

150人を超える聴衆

一つは、グローバルな地球環境問題への取り組みです。福山議員は初当選以来、野党議員当時から、地球環境問題への関心が深く、バックパック一つでフィジーやモンゴル、米国など多くの国を回り、温暖化の実態を現場で視察し、環境問題に取り組む様々な人々との意見交換を通じて、この問題への知見やネットワークを広げていきました。そして、2009年、民主党が政権を奪取した際、当時の鳩山首相から、「福山君はずっと環境問題に熱心だったね。国連総会で演説する際、地球環境問題に関する取り組みにについて福山君に担当して欲しい」と言われました。同時に、外務副大臣にも指名されました。

この時福山議員は、「高校の時、夜逃げ同然で京都に移り住み、住み込みで仕事をしながら高校に通っていた私が、ひたすら努力を続けたことで、総理大臣の国連総会演説の一部を書くことまできるようになるなんて、日本という国は本当に素晴らしい国だ」と心から思い、涙が止まりませんでした。

そして2009年9月24日の国連総会における鳩山演説では、福山さんが書き込んだ以下の文言が盛り込まれました。「異常気象の頻発や海水面の上昇などに見られるように、地球温暖化は我々の目の前に現実に存在する危機です。しかも、一国で取り組んでも限られた効果しかあがりません。ところが、先進国と途上国、先進国の間、途上国の間と、各国の間で短期的な利害が一致せず、ポスト京都議定書の枠組み構築の道のりは決して平坦ではありません。新しい日本政府は、温室効果ガスの削減目標として、1990年比で言えば2020年までに25%削減を目指すという非常に高い目標を掲げました(中略)。日本がこのような野心的な誓約を提示したのは、日本が利害関係の異なる国々の「架け橋」となり、将来世代のためにこの地球を守りたい、と願ったからにほかなりません。」

まさに福山議員という「人」が関心を持ち、色々な専門家と意見を交わしながら「規範・構想」を育て、地球環境問題への関心の高いオバマ政権の誕生や国際世論の高まりなど「モメンタム・国際世論」を背景に、これまで積み重ねた「現地・現場」での知見を演説に盛り込むことで、「普遍的な価値や理念」にまで高めていくことができたのです。実際、この時国連演説に盛り込まれた内容は、2010年12月のCOP16でのカンクン合意、2015年12月のCOP21でのパリ協定に繋がっていきました。当時、外務副大臣として福山議員が世界に打ち出した内容は、現実の枠組み作りに貢献していったのです。

福山さんが掲げたもう一つの例が、上智大学教授で、この連続セミナーを主催している東大作氏が2008年から2009年にかけて、アフガニスタンについて行った調査や提言でした。NHKのディレクターを11年間務めた後、当時カナダのブリテイッシュ・コロンビア大学の博士課程の学生だった東氏が、アフガニスタンに3か月ほど滞在して行った現地調査を基に「平和構築」(岩波新書)という本を出版し、その後、米国、国連、アフガン政府などの理解や支持があることを実際に政策責任者に会って確認した上で、日本の外務省や政府に対して提案を行っていたことを、当時アフガン担当の外務副大臣だった福山さんは紹介しました。

そして、2009年の国連総会の演説において、当時の鳩山首相が「言うまでもなく、アフガニスタンで平和を達成し、国の再建を進める主役はアフガニスタンの人々です。その際、反政府勢力との和解や再統合は、今後重要な課題となります。日本は、この分野で、和解に応じた人々に生活手段を提供するための職業訓練などの社会復帰支援の検討も含め、有益な貢献を果たします。」という内容が盛り込まれたのは、東氏の提案を、日本政府として全面的に採択した結果だったと話しました。

2009年11月には、日本政府が発表したアフガン支援策の3本柱の中に、タリバンとの和解に向けたアフガン政府の取り組みを、日本政府として支援することが盛り込まれ、2010年1月のロンドンでのアフガン支援国会合で、福山副大臣が日本のアフガン支援策を各国の代表に説明しました。その演説の後、当時のクリントン米国務長官が福山副大臣に走り寄り、日本の支援策に感激したと述べた逸話が紹介されました。

その後、東氏は、国連アフガン支援ミッション(UMAMA)の和解・再統合チームリーダーとして、和解に向けた枠組み作りを国連側から支援し、福山さんは、外務副大臣として日本政府がこの和解メカニズム作りを率先して支援できるよう尽力したことが紹介されました。その結果、2010年後半に、アフガン最高和平評議会、アフガン平和と再統合プログラム、アフガン和解基金などが作られ、日本が率先してアフガン政府を支援し、米国や英国なども含め、世界全体が参加する和解のフレーム枠作りに繋がったことを福山さんは自らの体験を交えつつ説明しました。

そして、「東さんという『人』が、アフガンの『現地・現場』で調査した内容を基に、世界全体に対して『規範力・構想力』のあるアフガン支援策を打ち出した。その後、和解に積極的なオバマ大統領の登場など、世界的な『モメンタムや国際世論』も味方につけて、タリバンを含む敵との和解や人間の安全保障など、『普遍的な価値や理念』を持った枠組みを作ることに繋がった。」と話し、外交や国際的な枠組み作りにおいても、個人が果たす役割が大きいことを、最初に述べた5つのキーワードを基に詳細に語りました。

最後に福山さんは、学生時代に薫陶を受け、何度も読み直したという、1966年に初版が出された京都大学教授・故高坂 正堯著「国際政治 – 恐怖と希望」 (中公新書)の中から、いくつかの明言を紹介してくれました。国連について高坂氏は、「国際連合の発展は、そのかぎられた力を増大しようとすることによってではなくて、逆に、その力の限界を認めながら、それを賢明に使うことによってもたらされることを、国際連合の過去の歴史は示しているように思われる。」と述べています。

また政治家の役割について高坂氏は、「現在の政治家は、その国の国家目的を追求するにあたって悪循環をおこさないような選択をとること、できれば、よい循環をおこすような選択をとることを要請されているのである。それは、力と利益の考慮によって動く現実主義者にも要請されている最小限の道徳的要請なのである。」と述べています。

これについて福山さんは、現在、1)グローバリゼーションから反グローバル化、2)「法の支配」から「フェーイクニュース」の時代へ、3)「中間層の崩壊と分断の時代へ」、という三つの潮流があるとし、戦後リベラリズムに基づいた国際レジームが揺らぎ、混乱と不確実性の時代に入っていると述べました。そんな中、現代の政治家が持つべき一つの指針として、この高坂氏が掲げる「悪循環をおこさないような選択をとること」が非常に重要であると力説しました。

そして福山さんは、以下の高坂氏の言葉によって講演を締めくくりました。
「戦争はおそらく不治の病であるかもしれない。しかし、われわれはそれを治療するために努力しつづけなくてはならないのである。つまり、われわれは懐疑的にならざるをえないが、絶望してはならない。それは医師と外交官と、そして人間のつとめなのである。」

東教授 福山幹事長 都留教授 矢島教授

講演を受けて、コメンテーターの都留康子・上智大学総合グローバル学部教授から、理念や理想を掲げて政策を提示することが重要である一方で、その理想が現実世界の中で実施される国際的なシステムを作ることも不可欠であり、そのために日本政府としてどのような努力をすべきと考えているかについて質問をしました。また矢島基美・上智大学法学部教授は、外交のキーワードのひとつとして「規範力」を挙げられましたが、法の世界では「規範」は確保されて初めて意味をもちえるところ、国際政治の場では必ずしもそれが可能ではないだけに、日本政府としてはそれをどのように確保していくべきか、という点について質問しました。

これに対して福山議員は、「今日は党派的な話は一切せず、現政府の批判もしないようにしたが、この点については、少しだけ党派性が生じてしまうことを許して欲しい」と前置きした上で、現在のトランプ政権が、「反グローバル化」や、「力とフェイク」主義を打ち出し、戦後リベラリズムにもとづく国際協調主義が揺らいでいる今、米国との基本的な同盟関係は維持・尊重するものの、もう少し米国と異なる立場で、国際協調を基本としてグローバルな課題の解決に向けて尽力するべく、日本政府として政策を積極的に打ち出してもよいのではないかと強調しました。

その後、学生や社会人の参加者からたくさんの質問が寄せられ、福山さんはその一つ一つに対して誠意をもって答えられました。

最後に、司会を務めた東教授より、「福山議員が、最初の野党議員時代に、誰からも指示されていない中で、自らの関心と意思で世界中を回り、環境問題への知見を高めていたことが、2009年に具体的な政策として花開いた、という話にとても感動した。自分自身も、2008年にアフガンで調査をしたときは無我夢中だったが、その後、2010年に和解に向けた枠組みを日本政府とも協力しながら作ることができたこと、その時、福山議員と一緒に仕事ができたことはとても幸運だった。その後、アフガン政府とタリバンの和解はまだ実現していないが、今年2月にタリバンがアメリカに対して正式に和平交渉に始めたいというメッセージを発出したり、今年6月には初めての停戦が、アフガン政府とタリバンの間で合意されたりと、和解に向けた動き自体は続いている。それを見ても、2010年に作った和解に向けた枠組みは、無駄ではなかったと考えている」と話しました。

セミナー終了後、会場に集まった参加者からは大きな拍手が福山さんに送られました。そして来年度以降のセミナーへの期待が寄せられました。セミナー終了後も、多くの参加者が福山さんに質問を希望し、その一人一人の質問に真剣に福山議員が答える中、今年最後のセミナーは幕を閉じました。

上智大学 Sophia University