酸素原子核衝突で生じるクォーク・グルーオン物質の平衡化度合いを世界で初めて定量的に明らかに

クォーク・グルーオン・プラズマ生成メカニズムの理解へ

研究成果のポイント

  • 高エネルギー酸素・酸素衝突で生成されるクォーク・グルーオン物質の平衡化度合いを初めて定量的に評価。
  • 衝突で生成される粒子数が一定値(約20)を超えると、熱平衡に達したコア成分が非平衡のコロナ成分を上回ることを発見。
  • 一方で、最も中心的な衝突反応においてもコロナ成分が3割残り、完全な熱平衡状態には達していないことを示した。
  • 酸素・酸素衝突反応では従来の枠組みである相対論的流体力学だけでは不十分であり、非平衡成分を含めた記述が不可欠であることを明らかにした。

研究の概要

上智大学理工学部の平野哲文教授と伊藤直哉大学院生(博士前期課程2年)の研究グループは、欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で実施された高エネルギー酸素・酸素(O+O)衝突において生成される物質が、どの程度熱平衡注1状態に到達するのかを初めて定量的に評価しました。

その結果、衝突で生成される粒子数が一定値を超えると、クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)注2として振る舞う平衡化成分が優勢になる一方、最も激しい衝突においても非平衡成分が残ることを明らかにしました。

本研究は、ビッグバン直後の宇宙に存在したと考えられるクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)が、どのような条件で形成されるのかを理解するうえで重要な知見を提供するものです。

研究の背景

高エネルギー原子核衝突実験では、ビッグバン直後の宇宙に存在したと考えられるクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)が生成されます。これまで金(Au)や鉛(Pb)のような重い原子核を用いた衝突実験によって、QGPの性質が詳しく研究されてきました。

図1 中間的な大きさの酸素原子核衝突反応の様子。鉛のような重イオンの衝突反応ではQGPが生成されると考えられるが、陽子同士の衝突ではその形成機構はまだ良く分かっていない。そこで質量数16の酸素原子核が橋渡し役を担う。

近年では、より小さい系でもQGPに似た集団運動が観測されるようになり、「どの程度小さな系までQGPが形成されるのか」が重要な研究課題となっています。酸素・酸素(O+O)衝突実験は近年CERNや米国ブルックヘブン国立研究所で実施され、原子核衝突によって生成される物質がどのような条件で流体として振る舞い始めるのかを探る重要な実験として注目されています。

酸素原子核は陽子衝突と重イオン衝突の中間的な大きさを持つため(図1)、その境界を探る理想的な実験系です。しかし、酸素・酸素衝突反応で生成された物質がどの程度熱平衡に到達し、流体として振る舞うのかは明らかになっていませんでした。

研究内容

図2 酸素衝突で生成される物質は、生成粒子数約20を境に平衡化した成分(コア)が優勢になる。生成粒子数が一番多い場合でも約3割は熱平衡に達していない。

研究グループは、熱平衡に達した成分を「コア」、熱平衡に達しない成分を「コロナ」として注3同時に扱うDCCI2モデルを用いて、LHCエネルギーでの酸素・酸素衝突反応を解析しました。

解析の結果、ラピディティあたりの生成荷電粒子数の増加とともにコア成分の寄与が増え、約20を超える領域では、熱平衡に達したコア成分が非平衡のコロナ成分を上回ることが分かりました。一方で、衝突が最も激しい中心衝突反応の場合でも約3割は熱平衡に達しておらず、生成物質は完全なQGP状態にはなっていないことが明らかになりました(図2)。これは酸素衝突系が「完全な流体系」と「非平衡粒子系」の中間に位置することを示しています。

さらに、ストレンジバリオンとパイ中間子の生成比を解析したところ、完全な化学平衡を仮定した場合よりも生成量が小さくなることが分かり、非平衡成分の存在を裏付けました。

今後の展望

本研究は、酸素衝突で生成されるQGPの形成度合いを定量的に示した初めての研究成果です。今後、LHCやRHICで解析される実験データとの比較を通じて、QGP形成の条件や小さな系での熱平衡化機構の理解が進むことが期待されます。

また本研究は、酸素原子核がどのような形をしているのかという原子核構造の研究にも新たな道を開くものです。酸素原子核の内部には4つのヘリウム原子核が集まった「αクラスター構造」注4が存在する可能性が指摘されており、今後、酸素・酸素衝突反応の解析を通じてその実像に迫ることが期待されます。

論文情報

雑誌名

Physical Review C

論文名

Equilibrated fraction of QCD matter in high-energy oxygen-oxygen collisions

掲載日

2026年8月12日

著者

Naoya Ito, Tetsufumi Hirano* (*責任著者)

DOI

https://journals.aps.org/prc/abstract/10.1103/r39m-l6gz

研究助成

本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(研究種目 基盤研究C、課題番号 JP23K03395)の支援を受けて実施しました。

用語解説

(注1)熱平衡(平衡化)

系を構成する粒子が十分に相互作用し、温度や圧力などの物理量が局所的に一様な状態。クォーク・グルーオン・プラズマの流体的な振る舞いの前提となる。

(注2)クォーク・グルーオン・プラズマ

クォークやグルーオンが陽子や中性子の内部に閉じ込められた状態から解放された高温状態にある物質。ビッグバン直後の宇宙はこの物質で満たされていたと考えられている。

(注3)コア・コロナ

コア:熱平衡に達した成分。相対論的流体力学で記述される。

コロナ:熱平衡に達していない成分。粒子として振る舞う。

(注4) αクラスター構造

原子核の内部でヘリウム原子核(α粒子)が集団を形成していると考える原子核構造モデル。酸素原子核では4個のα粒子からなる構造の可能性が議論されている。


研究内容に関するお問合せ

上智大学 理工学部物質生命理工学科

教授 平野 哲文 (hirano@sophia.ac.jp)

報道関係のお問合せ

上智学院広報グループ (sophiapr-co@sophia.ac.jp)

上智大学 Sophia University