上智大学理工学部の平野哲文教授と伊藤直哉大学院生(博士前期課程2年)の研究グループは、欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で実施された高エネルギー酸素・酸素(O+O)衝突において生成される物質が、どの程度熱平衡注1状態に到達するのかを初めて定量的に評価しました。
その結果、衝突で生成される粒子数が一定値を超えると、クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)注2として振る舞う平衡化成分が優勢になる一方、最も激しい衝突においても非平衡成分が残ることを明らかにしました。
本研究は、ビッグバン直後の宇宙に存在したと考えられるクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)が、どのような条件で形成されるのかを理解するうえで重要な知見を提供するものです。
本研究成果は、2026年8月12日付で米国物理学会の学術論文誌 Physical Review C に掲載されました。
高エネルギー原子核衝突実験では、ビッグバン直後の宇宙に存在したと考えられるクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)が生成されます。これまで金(Au)や鉛(Pb)のような重い原子核を用いた衝突実験によって、QGPの性質が詳しく研究されてきました。
近年では、より小さい系でもQGPに似た集団運動が観測されるようになり、「どの程度小さな系までQGPが形成されるのか」が重要な研究課題となっています。酸素・酸素(O+O)衝突実験は近年CERNや米国ブルックヘブン国立研究所で実施され、原子核衝突によって生成される物質がどのような条件で流体として振る舞い始めるのかを探る重要な実験として注目されています。
酸素原子核は陽子衝突と重イオン衝突の中間的な大きさを持つため(図1)、その境界を探る理想的な実験系です。しかし、酸素・酸素衝突反応で生成された物質がどの程度熱平衡に到達し、流体として振る舞うのかは明らかになっていませんでした。
研究グループは、熱平衡に達した成分を「コア」、熱平衡に達しない成分を「コロナ」として注3同時に扱うDCCI2モデルを用いて、LHCエネルギーでの酸素・酸素衝突反応を解析しました。
解析の結果、ラピディティあたりの生成荷電粒子数の増加とともにコア成分の寄与が増え、約20を超える領域では、熱平衡に達したコア成分が非平衡のコロナ成分を上回ることが分かりました。一方で、衝突が最も激しい中心衝突反応の場合でも約3割は熱平衡に達しておらず、生成物質は完全なQGP状態にはなっていないことが明らかになりました(図2)。これは酸素衝突系が「完全な流体系」と「非平衡粒子系」の中間に位置することを示しています。
さらに、ストレンジバリオンとパイ中間子の生成比を解析したところ、完全な化学平衡を仮定した場合よりも生成量が小さくなることが分かり、非平衡成分の存在を裏付けました。
本研究は、酸素衝突で生成されるQGPの形成度合いを定量的に示した初めての研究成果です。今後、LHCやRHICで解析される実験データとの比較を通じて、QGP形成の条件や小さな系での熱平衡化機構の理解が進むことが期待されます。
また本研究は、酸素原子核がどのような形をしているのかという原子核構造の研究にも新たな道を開くものです。酸素原子核の内部には4つのヘリウム原子核が集まった「αクラスター構造」注4が存在する可能性が指摘されており、今後、酸素・酸素衝突反応の解析を通じてその実像に迫ることが期待されます。
Physical Review C
2026年8月12日
Naoya Ito, Tetsufumi Hirano* (*責任著者)
https://journals.aps.org/prc/abstract/10.1103/r39m-l6gz
本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(研究種目 基盤研究C、課題番号 JP23K03395)の支援を受けて実施しました。
(注1)熱平衡(平衡化)
系を構成する粒子が十分に相互作用し、温度や圧力などの物理量が局所的に一様な状態。クォーク・グルーオン・プラズマの流体的な振る舞いの前提となる。
(注2)クォーク・グルーオン・プラズマ
クォークやグルーオンが陽子や中性子の内部に閉じ込められた状態から解放された高温状態にある物質。ビッグバン直後の宇宙はこの物質で満たされていたと考えられている。
(注3)コア・コロナ
コア:熱平衡に達した成分。相対論的流体力学で記述される。
コロナ:熱平衡に達していない成分。粒子として振る舞う。
(注4) αクラスター構造
原子核の内部でヘリウム原子核(α粒子)が集団を形成していると考える原子核構造モデル。酸素原子核では4個のα粒子からなる構造の可能性が議論されている。
上智大学 理工学部物質生命理工学科
教授 平野 哲文 (hirano@sophia.ac.jp)
上智学院広報グループ (sophiapr-co@sophia.ac.jp)
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酸素原子核衝突で生じるクォーク・グルーオン物質の平衡化度合いを世界で初めて定量的に明らかに