‐本研究の要点

  • これまで個別に解析されてきた複数の実験データを統合解析することで、銅酸化物高温超伝導体の電子状態を全エネルギー・運動量領域で解明した。
  • 高温超伝導発現機構の鍵を握る電子の分裂現象の実験的証拠を見出した。

‐研究の概要

上智大学理工学部の酒井 志朗准教授、今田 正俊客員教授、物質・材料研究機構ナノアーキテクトニクス材料研究センターの山地 洋平グループリーダー、京都大学理学部の幸坂 祐生教授、理化学研究所創発物性科学研究センターの花栗 哲郎チームディレクターらの共同研究グループは、銅酸化物高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+δの電子状態について、互いに相補的な情報を与える複数の実験データを同時解析することで、全エネルギー・運動量領域にわたる電子状態を初めて解明しました。

電子状態の解明は高温超伝導機構解明の土台となるとともに、理論を検証する試金石ともなります。特に、これまで実験からの情報がほとんど得られていなかった正のエネルギー領域での運動量ごとの電子状態を解明しました。その結果、強い電子間相互作用によって電子が複数のフェルミ粒子に分裂する「分数化」の実験的証拠を発見しました。これは、銅酸化物の高温超伝導発現機構に深く関わっていると予想されます。

本研究成果は2026年2月4日に、アメリカ物理学会誌Physical Review Xにオンライン掲載されました。

‐論文名及び著者

媒体名

Physical Review X

論文名

Unified Description of Cuprate Superconductors by Fractionalized Electrons Emerging from Integrated Analyses of Photoemission Spectra and Quasiparticle Interference

論文掲載日

2026年2月4日

DOI

https://doi.org/10.1103/mww7-32gn

著者(共著)

Shiro Sakai, Youhei Yamaji, Fumihiro Imoto, Tsuyoshi Tamegai, Adam Kaminski, Takeshi Kondo, Yuhki Kohsaka, Tetsuo Hanaguri, and Masatoshi Imada

‐研究の背景

銅酸化物における高温超伝導※1は1986年に発見されて以来、その発現機構解明が物性物理学の中心的テーマとなり膨大な数の研究が行われてきました。特に、高い転移温度での超伝導を発現する電子状態を解明するために様々な実験が行われ、またそれらの実験データを説明するための様々な理論が提案されてきました。しかし、発見から40年経った今でも、高温超伝導の発現機構について多くの研究者が納得するような統一見解は得られていません。

その原因の一つは、様々な手法による実験データが個別に解析され、時には互いに矛盾するような解釈がなされてきたことにあります。それぞれの実験手法は銅酸化物の電子状態の異なる一側面を明らかにします。例えば、銅酸化物研究に伴って大きく発展してきた角度分解光電子分光法※2は負のエネルギーをもった電子の運動量ごとの電子状態を明らかにしましたが、正のエネルギー領域は謎に包まれたままです。一方、走査トンネル顕微鏡※3を使った分光実験は正負両方のエネルギーでの電子状態の情報を得ることができますが、運動量ごとの情報を抽出するにはある種の逆問題※4を解く必要があり容易ではありません。

本研究では、このように相補的な情報を持っている角度分解光電子分光法と走査トンネル顕微分光法の実験データを、一つの理論模型に基づいて統合解析することで、銅酸化物高温超伝導体の電子状態を全エネルギー・運動量領域にわたって解明することを目指しました。

‐研究の内容と成果

本研究では、銅酸化物高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+δについて、角度分解光電子分光法で測定された負のエネルギー側の実験データと、走査トンネル顕微分光法で測定された準粒子干渉効果※5の実験データを、単一の理論模型を用いて統合解析し両方の実験データを細部にわたるまで同時に再現することに成功しました。

本研究の概略。銅酸化物Bi2Sr2CaCu2O8+δについて測定された角度分解光電子分光法及び準粒子干渉効果の実験データを統合解析し、高温超伝導の鍵となる電子の分数化の実験的証拠を得た。

これまで異なる実験方法のデータが個別に解析されてきたために、それぞれが結論した電子状態に互いに矛盾する点が指摘されることもありましたが、本研究において両方の実験データが単一の理論模型で同時に再現されたことでそれらは実は矛盾していないことがわかりました。

また、両方の実験データを統合解析したことで、これまで謎に包まれていた正のエネルギー領域の運動量ごとの電子状態が解明され、銅酸化物の電子状態の全容が初めて明らかになりました。

さらに、準粒子干渉効果について、従来の強度(絶対値)解析に加え符号変化の構造も解析しました。その結果、理論模型の数値シミュレーション解析などの先行研究が予想していた、「物質中の電子が複数のフェルミ粒子に分裂する」という現象の新たな実験的証拠を掴みました。理論模型ではこの分裂現象が超伝導を高温化する決定的役割を果たしており、今回の発見はその理論予想を裏付けるものです。

‐今後の展望

これまで銅酸化物の電子状態について様々な理論が提案されてきましたが、それらの理論の多くは角度分解光電子分光法による負のエネルギー側の実験データに基づいて構築されてきました。本研究で解明された正のエネルギー側の電子状態と比較することで、これらの理論の妥当性を検証することができます。

一方で、今回その実験的証拠が見出された電子の分裂現象は銅酸化物中の電子に働く強い電子間相互作用に起因するものと考えられますが、どのような複数のフェルミ準粒子に分裂しているかという点はまだ明らかではありません。この具体的な分裂の仕方を解明するためにはより詳細な実験データや理論解析が求められます。

 本研究で用いた、異なる分光実験データを統合解析する方法は、今後、銅酸化物に限らず、多くの困難が知られている電子間相互作用の効果が強い物質中の電子状態の全容解明のための強力な手法となり得ます。

‐助成情報

本研究の一部は、科研費(23H04528, 24H00198, 23K17351, 23H03818, 23H04524, 25K07233, 22H05111, 22H05114, 25H01249, 25H01246, 25H01250)を受けて、理研TRIPイニシアティブ(多電子集団)により実施したものです。

‐用語

※1 銅酸化物における高温超伝導
1986年にベドノルツとミュラーによって発見された、銅と酸素を組成に含む一連の化合物において起こる、高い転移温度を示す超伝導。最も高い超伝導転移温度は135Kで、これはこれまでに知られている物質の中で、常圧における最高の超伝導転移温度である。

※2 角度分解光電子分光法
固体に光を入射したときに放出される電子のエネルギーと運動量を測定することで、固体中の電子がどのようなエネルギーと運動量を持っていたか調べる実験方法。

※3 走査トンネル顕微鏡
原子レベルに細い探針を固体表面に近づけ、探針と固体表面の間に電圧をかけたときに両者の間を流れる電流を測定することで、固体表面の局所的な電子状態を測定する実験方法。探針の位置を原子レベルの精度で制御しながら固体表面をなぞった測定が行える。

※4 逆問題
出力(今の場合、実験データ)から入力(今の場合、電子状態)を推定する問題。

※5 準粒子干渉効果
固体表面に存在する不純物や格子欠陥によって、低エネルギー電子(準粒子)の波が散乱され、波の干渉効果によって電子状態が空間変調する効果。走査トンネル顕微鏡によって観測可能。


‐研究内容に関するお問合せ先

上智大学理工学部機能創造理工学科
准教授 酒井 志朗
Email: shirosakai@sophia.ac.jp

‐報道関係からのお問合せ先

上智学院広報グループ
Email: sophiapr-co@sophia.ac.jp

上智大学 Sophia University