より現実に即した新しい行動理論を提案、政策設計などへの活用に期待

本研究の要点

  • 家庭ごみの分別に関する実証研究のメタアナリシスレビューを行い、行動・意図に強い影響を与える要因を特定。
  • これらの結果を踏まえ、心理的モデルに、外部要因と文脈的異質性を統合した新しい理論的枠組みを提案。
  • 教育やインフラ、人間開発指数などを定量的に評価し、従来モデルでは説明が不十分だった課題を解決。
  • ごみ分別だけでなく、エネルギー問題など、持続可能なライフスタイルへの移行を行政が推進する為に有効な新理論。

研究の概要

上智大学大学院 地球環境学研究科の銭 学鵬(Xuepeng Qian)教授、胡 佳融(Jiarong Hu)氏(博士後期課程3年)、Nkweauseh Reginald Longfor特任助教、および香港城市大学 公共政策学部・エネルギー環境学部のLiang Dong教授らの共同研究チームは、家庭ごみの分別行動要因についての過去の研究についてメタアナリシスを行い、従来の「計画行動理論(TPB)」(*1)に、「外部要因(E)」と「文脈的異質性(H)」(*2)を統合した、新しい拡張行動モデルを提案しました。これは、国や地域、個人属性に応じた行動変容の理解するための新たな枠組みとして有用であると期待されます。

家庭ごみの分別は、リサイクルと持続可能性の目標を支援する上で重要な役割を果たしていますが、多様な文脈におけるこの行動の心理的要因は、十分に検証されていませんでした。本研究は、家庭ごみの分別についての46件の先行研究(N = 30,250)を対象とした包括的なメタアナリシスを実施し、廃棄物分別行動が強く関連している要因と調整変数(独立変数と従属変数の関係の強さを変化させる変数)を特定しました。その結果、道徳的規範、過去の行動、結果の認識、インフラや教育などの文脈的促進要因といった影響力のある外部要因(E)、および社会人口統計的・文脈的調整変数を含む異質性(H)要因が、TPB関係の強さと方向性を形作る要因として浮かび上がってきました。

これらを体系的に統合するため、研究グループは新たな理論的枠組み「TPB + E(外部要因)+ H(異質性)」を提案しました。これは、外部要因(E)と異質性(H)を組み込むことで、計画行動理論(TPB)を拡張した行動モデルです。この枠組みを活用することで、理論的な精緻化だけでなく、家庭ごみの分別を世界的に促進するための標的を絞った心理的・文脈的介入(例えば、意識向上やインフラの改善など)を実現するための基盤となる情報を得ることができます。

また、この新しい拡張モデルは、家庭ごみの分別行動だけでなく、エネルギーの削減、循環経済の移行などを、国際的に加速させることができるものと期待されます。

本研究成果は2025年7月14日に国際学術誌「Environmental Impact Assessment Review」にオンライン掲載されました。

研究の背景

世界の廃棄物量は2023年の推定21億トンから2050年には80%増加し、38億トンに達すると予測されています。不適切な廃棄物処理は大気や土壌の汚染、公衆衛生の悪化、温暖化ガスの発生など、持続可能な社会に対する大きなリスクとなっています。

日常生活からでる家庭ごみはこの廃棄物量の40%から60%に相当すると考えられており、その影響は甚大です。そのため、家庭ごみの分別や収集は適切な廃棄物処理に必須であり、「ゼロ・ウェイスト」(*3)をはじめさまざまな戦略やプログラムが行われています。

一方で、ほとんどの国や地域ではそうしたプログラムへの市民参加が不十分なままであり、大きな課題となっています。これまで、目的と実際の行動に関するギャップがなぜ生まれるのか、様々な理論モデルを通じて研究がおこなわれてきました。その研究で広く使われている理論が「計画行動理論(TPB)」と呼ばれるモデルです。この理論では、態度、主観的規範、行動のコントロール感の3要因が人の行動を促すと考えられています。

また、この計画行動理論には、インフラのアクセスや経済的インセンティブなど、外部要因を加えた理論も研究されてきました。

しかし、「外部要因」がTPBの主要3要因に対してどの程度影響するのかは依然として明確になっておらず、優先順位や変数として外部要因をどのように扱うかは一貫していませんでした。さらに、性別、年齢、国民の人間開発指数(HDI)(*4)などの「文脈的異質性」については、従来は無視されるか周辺的な共変量として扱うことが多く、その検証は不十分でした。

研究結果の詳細

まず、世界中の調査研究の文献を体系的に検索し、分析基準に照らし合わせたスクリーニングを行いました。その結果、11,152件の文献から最終的に46の論文と50の独立したサンプルが抽出され、分析されました。これらの論文は2010年から2025年のあいだに発表されています。抽出された論文は、メタアナリシスという定量的統合手法を用いて分析されました。研究の異質性が特別に目立った場合、メタ回帰分析が行われました。また、それぞれの構成要素について、効果量を算出しました。

その結果、廃棄物分別行動が強く関連している要因として、行動制御の認識、意図、インフラ、広報・教育、態度を明らかにしました。意図は、態度、行動制御の認識、道徳的規範、主観的規範、結果の認識、過去の行動を特定しました。さらに、メタ回帰分析により、年齢、性別、研究地域の人間開発指数(発展度合いを測るための指標)、研究の質が主要なモデレーターとして特定されました。

これらの結果から、道徳的規範、過去の行動、結果の認識、インフラや教育などの文脈的促進要因といった影響力のある外部要因(E)、および社会人口統計的・文脈的モデレーターを含む異質性(H)要因が、TPB関係の強さと方向性を形作る要因として浮かび上がってきました。

これらの結果を解析したところ、TPBモデルはやはり強固な行動要因の基盤であることが確認されました。特に、「行動と知覚された行動制御」間の、今回算出された効果量は0.38と大きな効果が確認されました。この結果を使うことで、例えば、「ごみ分別が可能である」と認識するほど、実際の分別行動が行われるという説明が可能です。
他にも意図と態度(効果量0.31)、行動と意図(同0.30)にも大きな効果量が認められました。

外部要因(E:External factors)は、TPBを拡張する要因として仮説が立てられ、検証されました。その結果、「意図」に影響を与える外部要因として、「道徳規範=内面的な義務感や倫理基準」(効果量0.29)、「過去の行動」(同0.23)、「結果認識」(同0.26)が確認されました。「行動」に影響を与える外部要因としては「インフラ」(効果量0.25)、「広報・教育」(同0.25)が検出されました。

文脈的異質性(H:Heterogeneity)は、TPBのモデルに変動的に影響を与えることがわかりました。年齢は高くなるほど態度と意図の関係が強くなりました。性別は、女性の割合が高いほどTPBの関係が強くなる傾向が示されました。また、地域の人間開発指数が高いほど、TPBの関係が強くなりました。これらの文脈的異質性は、従来考えられていたようにTPBモデルのノイズではなく、調整変数として扱うべきです。

最終的に研究チームは、これらの分析をまとめ、TPBを追加・拡張する「TPB+E+H」フレームワークとして提案しました。

この研究は、「日常生活の中で持続可能なライフスタイルをどの行動からはじめるべきか」という問いに着目からスタートしました。日本ではごみの分別は単なる自発的な環境配慮行動ではなく、法的に義務づけられた市民の責務であり、グリーン調達などをみても、他の国の行動とは異なる特徴を持つユニークなものです。このような「強制力」と日常性を兼ね備えた日本のユニークな行動とその背景にある心理的要因は、持続可能なライフスタイルへの移行を考える上で理想的な出発点になると研究チームは考えています。

持続可能なライフスタイルに影響のある要因がどのように関係しているのかを特定した今回の提案モデルを用いることで、行政や自治体はより効果的な展開が可能になります。特にごみ分別が未整備な新興国では、生活習慣を変えるきっかけとして、循環経済への移行を加速させる長期的な効果が期待できます。

用語

(*1) 計画行動理論(TPB:Theory of Planned Behavior): 人がなんらかの行動を起こすきっかけを、要因として提示した理論。行動への態度(感情):Attitude、社会的な対人関係からの期待:Subjective Norm、行動がどれだけしやすいか:Perceived Behavioral Controlの3要因からなる。

(*2) 文脈的異質性:あることがらや事象が、それが置かれた文脈(背景や状況)によって異なるようになる性質。例えば、「りんご」といっても、パソコンのことなのか、果物のことなのか、文脈によって変化する。

(*3) ゼロ・ウェイスト: ごみ(ウェイスト)をできるだけ出さないようにする行動や概念。ごみを「ゼロ」にすることを目指す。

(*4) 人間開発指数(HDI:Human Development Index): 国や地域における社会の豊かさや進歩を測る指標。経済だけでなく、幸福度や発展などから総合的に示される。

論文及び著者

媒体名

Environmental Impact Assessment Review

論文名

Beyond theory of planned behavior: A meta-analysis of psychological and contextual determinants of household waste separation

オンライン版URL

https://doi.org/10.1016/j.eiar.2025.108087

著者(共著)

Jiarong Hu (Graduate School of Global Environmental Studies, Sophia University); Assistant Prof. Nkweauseh Reginald Longfor (Graduate School of Global Environmental Studies, Sophia University); Prof. Liang Dong (Department of Public and International Affairs, and, School of Energy and Environment, City University of Hong Kong)


研究内容に関するお問合せ

上智大学大学院 地球環境学研究学科 教授 銭 学鵬 (qianxp@sophia.ac.jp)

報道関係のお問合せ

上智学院広報グループ (sophiapr-co@sophia.ac.jp)

上智大学 Sophia University